
Yさんが学生だった頃の話。
Yさんは大学の長期休暇で実家に帰省していた。
久しぶりの故郷は、都会の喧騒とは無縁で静かだった。
その日の夜、急にコンビニへ行きたくなったYさんは、スマホのライトだけを頼りに、近道である田んぼ道を歩き始めた。
実家からコンビニまでは、この田んぼ道を通るのが一番早い。
しかし街灯は一切なく、夜になると真っ暗になる。
足元を照らすスマホの光だけが、唯一の頼りだった。
蛙の鳴き声や虫の羽音が、いつもより大きく耳に響く。
しばらく歩いていると、Yさんの耳に奇妙な音が届いた。
ジュボッ、ジュボッ…。
それは、誰かが田んぼの中を歩いているような音で、田んぼの向こうから聞こえてくる。
その音はYさんが歩くペースに合わせて、少しずつ近づいてくる。
背筋に冷たいものが走った。
こんな夜中に、こんな場所を歩いている人間なんていないだろうと思っていたYさんは、スマホのライトを音のする方向へ向けた。
Yさんの視線の先に、ライトの光が捉えたのは、田んぼの中に立つ奇妙な塊だった。
それは人の形をしているようにも見えたが、全体がぬめりとした泥でできていて、輪郭がはっきりとしない。
まるで、泥がそのまま立ち上がったような異様な存在だった。
Yさんは一瞬、酔っ払った人が田んぼに落ちて、泥だらけになっているのかと思った。
そうに違いない。そう自分に言い聞かせ、震える声で呼びかけた。
「大丈夫ですか?」
だが泥の塊は微動だにしない。
Yさんはもう一度声をかけようとした。
その時だった。
Yさんが見ている目の前で、その泥の塊が、ドシャッという鈍い音とともに崩れ去ってしまった。
Yさんはその場から一歩も動けなかった。
スマホのライトが照らす先には、ただ田んぼが広がっているだけ。
先ほどの音も奇妙な塊も、まるで嘘だったかのように何も残されていなかった。
全身から汗が噴き出した。
Yさんは慌ててスマホのライトを道に向け、コンビニの明かりを目指して全力で走り出した。
振り返ることはできなかった。
Yさんは明るくなるまでコンビニから出れなかったという。