大学生のSさんから聞いた話。
その日、Sさんは数人の友人と連れだって、比較的気軽なハイキングコースとして知られる山を訪れていた。
都会の騒がしさから離れ、心地よい風と鳥のさえずりを楽しみながら、彼らは山頂を目指して歩いていた。
他愛もない話で盛り上がりながら、道中も楽しく過ごしていたという。
山頂に到着すると、眼下には壮大な景色が広がっていた。
友人たちは各々スマートフォンを取り出し、写真撮影に夢中になっていた。
Sさんも景色を眺めながら、ふと、ある一点に目を奪われた。
そこは崖に近い少し開けた場所だった。
そこに一人、ぽつんと立つ女性の姿が見えた。
彼女はまるで何かに取り憑かれたように、ただじっと谷底を見下ろしていた。
その女性の様子が、どこか異様に感じられたその時だった。
「あなたあああああっ!」
甲高く、しかしどこか響かない、そんな奇妙な女性の叫び声が聞こえた。
彼女は両手を口元に当てて、何かを叫び続けているようだったが、その声は谷の底に吸い込まれるかのように、途中で途切れて消えてしまう。
Sさんは、慌てて女性の元へと駆け寄った。
「どうしました!?大丈夫ですか!?」
Sさんのただならぬ様子に、友人たちも異変を察知した。
「どうした!?何かあったのか!?」
と焦った顔でSさんのところに急いで向かってくる。
まさか旦那さんが谷底に落ちたのか!?と、彼女の視線の先を辿るように谷底を覗き込んだ。
しかし、そこには特に人が落ちている様子もなく、ただ静かな谷底が広がっているだけ。
「誰もいないようですけど…」
Sさんがそう言って、再び女性に声をかけようと顔を上げたその時だった。
振り返った視線の先には誰もいない。
さっきまでそこに立っていたはずの女性の姿が、忽然と消えていたのだ。
周りにはびっくりしてやってきた友人たちだけ。
Sさんは友人たちに、さっきまでここに女性いたよね?と聞いてみたが、Sさん以外誰もいなかったよと言っていた。
Sさんは背筋が凍るような感覚に襲われた。
忽然と消えた女性…。Sさんは急に怖くなり、友人たちを急かして山を降りたそうだ。