
これはTさんがまだ小学生だった頃の話。
Tさんは夏休みを祖父母の家で過ごしていた。
祖父母の家は山あいの小さな集落にあり、周りには田んぼが広がるとても静かな場所だった。
特に夏のお盆の時期は、昼間はセミの声がうるさいほどだったが、夜になるとカエルの合唱と虫の音が響くだけで風情溢れる。
Tさんの祖父母の家には、使われていない座敷があった。
仏間のさらに奥に位置し、普段は誰も足を踏み入れない場所。
障子で仕切られてはいるものの、その奥から時折、ひんやりとした空気が流れてくるような気がして、Tさんは少し苦手な部屋だった。
その年の盆の夜、Tさんは暑さで目を覚ました。
時計を見ると、深夜の2時を少し回ったところだった。
喉が渇き、水を飲もうと布団から抜け出し廊下に出た。
月の光が障子越しにぼんやりと差し込み、廊下を薄く照らしている。
台所へ向かおうとすると、ふと、仏間の奥の座敷から、ぼんやりとした明かりが漏れているのが見えた。
家族は皆ぐっすりと眠っているはずだった。
祖父母のいびきも、すぐ隣の部屋から聞こえてくる。
いったい誰がこんな時間に座敷の明かりをつけたのだろうか。
Tさんは不思議に思いながらも、そっと座敷に近づいた。
すると障子一枚隔てた向こうから、人の気配がする。
話し声はしないが、確かにそこに誰かがいるような、妙な重たい空気が漂っていた。
小さな音を立てないよう、Tさんはそっと障子に手をかけた。
ゆっくりと障子を開けると、そこには、思いがけない光景が広がっていた。
座敷の中央には、三人の老人が静かに座っていた。
三人とも見たことのない古い着物を着て、背筋を伸ばしている。
部屋の奥には、どこからともなく灯された古い提灯が、ぼんやりと部屋を照らしていた。
しかし、その光はろうそくの炎のようにおぼつかないのに、部屋全体を妙に明るくしていた。
老人の顔は皆うつむいていて、表情は分からなかった。
Tさんはその異様な光景に、体が金縛りにあったように動かせなくなった。
声も出せないままただ立ち尽くしていると、座っていた老人たちのうちの一人が、ゆっくりと首を回した。
その老人の顔は真っ白で、まるで蝋人形のようだった。
目はこちらをじっと見つめていたが、感情のない空虚な瞳だった。
Tさんはその凍りつくような視線に、思わず息をのんだ。
その瞬間、座敷の奥から「ひゅう」という、人の声とも風の音ともつかない不気味な音が鳴った。
その音はTさんの耳の奥で、ぞわりと這うように消えていった。
気づけば自分の部屋の布団の中にいた。
いつどうやって戻ってきたのか、全く覚えていなかった。
ただあの老人の目と、座敷の奥から聞こえた不気味な音が、耳の奥にこびりついて離れなかった。
翌朝、Tさんは祖父母にその話をしたが、祖父母は「夢でも見たんだろう」と笑うだけだった。
しかし、あれは夢とは思えなかったそうだ。