大学生のKさんは、市民プールで監視員のアルバイトをしていた。
蒸し暑い夏の夜。
閉館時間の午後9時を過ぎ、遊びに来ていたお客さんたちは全ていなくなり、車の通る音や虫の鳴き声だけになっていた。
Kさんは手に持った懐中電灯で、プールサイドや更衣室に落とし物がないか、一つ一つ確認して回る。
プールの水はライトに照らされて、青白い光を放っていた。
その時だった。
「キャッキャッ」
微かに子どもの笑い声のようなものが聞こえた。
Kさんは首を傾げる。誰もいないはずだ。閉館作業はとっくに終わっている。
きっと市民プールの近くを歩いている、子供の声が聞こえてきたのだろう。
Kさんはそう思い気にしない事にした。
しかしその声は一度聞こえだすと、やけに耳につく。
どこか楽しげでありながら、妙に籠もったような感じがする声だ。
Kさんはぞわりと鳥肌が立つのを感じた。
それでも仕事だからと自分を奮い立たせ、再びプールの点検に戻った。
メインプールの水面に目を凝らす。
どこか遠くを見つめるように、ぼんやりと水中を眺めていたその時、ふと、視界の隅に奇妙な影が揺らめいた。
水中で何かが動いている、それは子どものような小さな人影に見えた。
「子どもが溺れてる!?」
Kさんは反射的に、手に持っていた懐中電灯の光をその影に当てた。
強力な光が水底を照らし出す。
しかし、その影は光が当たった途端、まるで煙のようにすっと消え失せてしまった。
Kさんは息をのんだ。
一瞬の出来事だったが、確かに何かを見た。
幻覚だったのだろうか。それとも疲れているのかもしれない。
Kさんは冷や汗をかきながらも、何とかその場をやり過ごし、閉館作業を終えた。
翌日、Kさんは出勤するなり、同僚のSさんに昨夜の出来事を話した。
Kさんの話を聞き終えたSさんは、少し顔色を変え、ぽつりと語り始めた。
「実は昔、このプールで子どもが溺れて亡くなった事故があったんだよ。
夏休みの出来事でね、親が目を離した隙に、大人用の深いプールに落ちちゃったらしいんだ」
Sさんの言葉に、Kさんの背筋を冷たいものが走った。
昨夜の笑い声、そして水底の影。
あれは、気のせいなどではなかったのかもしれない。
その日以来、Kさんは夜のプールに一人でいることができなくなったという。