
夏の林間学校での話。
中学生だったTさんは、山奥のキャンプ場に泊まることになった。
夜にはキャンプファイヤーがあり、生徒たちの笑い声が山に響いていた。
消灯の時間になり、Tさんたち4人の生徒はテントに入り、寝袋にくるまった。
皆、小声で今日の出来事を話していた。
まだ眠りにつくには少し早い時間だった。
するとテントの外から微かな音が聞こえ始めた。
「ぺた…ぺた…」と裸足で湿った土を踏むような、重々しい足音。
最初は、夜の見回りでもしている先生かと思っていたのだが、おかしい事に気づく。
足音はテントのまわりをゆっくりと一周し始める。
そして足音に合わせて息遣いが混じる。
「…フゥゥ…ハァ…」それは人間の呼吸音とは明らかに違っていた。
喉の奥で低く鳴るような、獣じみた響きが、テントの薄い布一枚隔てたすぐ外から聞こえてくる。
誰もが息を潜め、声も出せずに寝たふりをして震えていた。
次の瞬間、「カリ…カリ…」と、テントのジッパーの辺りで、何かが爪で引っ掻くような音がした。
その音はテントの中に無理やり入ろうとしているかのように、執拗に繰り返している。
その時だった。
「おい!何してる!」
突然、男の怒鳴り声がテントの外から響き渡った。
瞬間、すべての音がピタリと止んだ。
あの不気味な息遣いも、爪の音も、そしてすぐそこにいたはずの気配すらも、ふっと消え失せた。
まるで最初から何もなかったかのように、森には虫の声だけが戻ってきた。
「先生だ!」
そう思ったTさんは、勇気を振り絞ってテントの外へ出た。
しかし、周りを見渡してみたがシンと静まり返っていた。
木々の影が揺れているだけで、人の気配はどこにもない。
他のテントも静まり返っており、誰もが眠りについているようだった。
翌朝、Tさんはテントの周りの地面に、奇妙な足跡が残っているのを見つけた。
ぬかるんだ土に深く食い込んだそれは、テントをぐるりと一周するように続いていた。
足跡の指は異常に長く、先端には鋭い爪のような跡が深く残っていた。
それは昨晩聞いた足音の主が、人間ではなかったことを物語っていた。
Tさんが昨晩の怒鳴り声について先生たちに尋ねてみたが、先生たちは皆、口をそろえて「誰もそんな時間には外に出ていないよ」と答えた。
Tさんたちを助けてくれたあの声は、一体誰だったのだろう。