医療現場で日々忙しく働く、看護師のYさんから聞いた話。
Yさんは毎年お盆になると、実家のある山間の集落へ帰省していた。
その集落は古めかしい風習が残る場所で、特に夏場の夜には、どこかの家が唱えてるのか、遠くから聞こえる念仏の声がするのが当たり前だった。
Yさんは幼い頃からその念仏を聞き慣れていたので、特に気にも留めていなかった。
それは夏の風物詩のようなものだった。
しかしある真夜中のこと。
Yさんはふと目が覚めた。
蒸し暑い夜だったが妙に静まり返っていて、その静寂の中で、いつもは夜に聞こえるはずの念仏が夜中に聞こえ、異常なほどはっきりと、まるで耳元で囁かれているかのように聞こえてくる。
その声は、いつもYさんが聞いていたものとは明らかに違っていた。
すぐ近くから聞こえるのに、窓の外には人の気配も明かりも一切見えない。
暗闇がただ広がるばかりだ。
しかし声は途切れることなく、ずっと聞こえ続けている。
Yさんは起き上がり、恐る恐る窓に近づいて、そっとカーテンの隙間から外を覗いた。
そこには何もいないはずなのに、念仏の声はますます大きくなる。
そして気づいた。その声が一つではないことに。
低い男の声、甲高い女の声、子供のような幼い声…。
様々な声が入り混じり、まるで大勢の人間がYさんの家の周りをぐるぐると回っているかのように聞こえる。
その声はYさんの耳から直接、頭の中に響き渡るような錯覚に陥った。
耳を塞いでも瞼を強く閉じても、その念仏の声はYさんの意識にまとわりつき、逃れることができない。
その時、ふと窓の外に、お坊さんのような格好をした黒くて半透明なものが、すっと通り過ぎたような気がした。
一瞬のことで、はっきりと捉えることはできなかったが、確かに通り過ぎていった。
Yさんは暑いのを我慢し、布団を頭まで被り無理やり寝た。
翌朝、恐怖と寝不足で顔色の悪いYさんが、家族に昨夜の出来事を話しても仕事の疲れでしょうと言われる。
両親も祖母も、皆ぐっすり眠っていたらしい。
しかしその日以来、Yさんは夜中に目が覚めるたびに、あのぞっとするような念仏の声を聞くようになる。
実家にいる間中、毎晩のように。
結局Yさんは、予定よりも早く実家を後にした。
集落を離れてからは、夜中に起きても聞こえる事は無くなったそうだ。