深夜のオフィスで、資料をまとめていたTさんの話。
会社は静まり返っていて、時計は0時を回っていた。
オフィスの中はエアコンの低いうなり声だけが響いている。
ふと、廊下からカタカタとキーボードを叩くような音が聞こえてきた。
こんな時間に誰かいるのか?同僚はみんな帰ったはずだ。
気になって音のする会議室の方へ向かった。
ガラス張りの会議室のドア越しに、ぼんやりした人影が見える。
女の人が一人、テーブルに座って資料を手に持っている。
その前には古いノートパソコンが置かれていた。
長い髪が肩にかかっていて、時折うなずきながら何か呟いているようだった。
Tさんは「あれ、Kさん残っていたのか?」と思ったが、Kさんは今日、早退していたはず。
誰だ?不思議に思いながら、ノックしてドアを開けた。
「すみません、こんな時間に…」
瞬間、言葉が止まる。
会議室は真っ暗。誰もいない。
資料もノートパソコンも、さっき見た女の人の気配すら消えている。
背筋がゾワッとした。
電気は消えていたはずなのに、さっきまで確かに人影が見えた。
慌てて電気を点けると、会議室はいつも通り。
テーブルの上には何もない。
ただ、部屋の隅になぜか一枚の資料が落ちている。
拾ってみると、10年前の日付が入った古い企画書。
Tさんが入社する前のものだった。
気味が悪くなって急いでデスクに戻ったが、頭からさっきの光景が離れない。
女の人のうなずく姿、資料を握る白い手。
何だったのか、あれは。
次の日、Tさんは先輩のSさんにその話をした。
Sさんの顔が一瞬こわばる。
「それ…マジかよ。実はさ、昔この会議室でYって先輩が過労で倒れたんだ。
深夜まで一人で資料を作っていて…そのまま帰らぬ人になった。
噂じゃ、彼女の姿が今でも出るって」
Tさんは笑って誤魔化したけど、背中が冷たくなった。
それ以来、夜のオフィスで会議室の前を通ると、ガラスに映る自分の姿が一瞬、資料を手にうなずいている女が見える気がするという。