
大学生のSさんたちは、夏休みに山奥の山小屋へ行くことになった。
普段は都会の騒がしさの中で過ごしているSさんにとって、自然に囲まれるのは久しぶりのことだった。
山小屋は、最寄りの集落から車で一時間ほど走った場所にある、古びた建物だった。
到着してすぐに、Sさんはスマートフォンの画面を確認した。
予想はしていたものの、アンテナは一本も立っておらず、圏外の表示が出ている。
「あー、やっぱり電波ないか。まあ、たまにはデジタルデトックスもいいだろ?」
友人のTさんが、気にする様子もなく笑った。
他の友人たちも、荷物を運びながら
「むしろこの圏外が最高だよ!SNS疲れしてたんだよなぁ」
「最近、常に情報に追われてる感じだったから、こういう時間ってマジで貴重だわ」
などとのんきなことを言っている。
Sさんは、いつも使っていたスマホがただの板になってしまったことに、ほんの少しだけ不安を感じていた。
連絡手段が全くないというのは、思った以上に心細いものだ。
しかし皆が楽しそうにしている中で、自分だけが不満を漏らすのも気が引けて、Sさんは黙ってその場に馴染もうとした。
その日は夕食を済ませ、焚き火を囲んで談笑した後、皆で早めに眠りについた。
山小屋には電気が通っているものの、夜になるとどこからか風が吹き込む音がする。
都会では聞くことのないその音に、Sさんはなかなか寝付けずにいた。
横になったまま、ぼんやりと天井を見上げていると、枕元に置いていたスマートフォンの画面が突然明るくなった。
同時にブルッと小さな振動が伝わってくる。
「え…?」
Sさんは思わず息を呑んだ。
電波がないはずの場所でなぜスマホが反応するのか。
不可解な現象に驚く。
恐る恐る画面に目をやると、表示されているのは見たことのない番号だった。
しかもその番号は数字だけではなく、意味不明な記号や文字と混じり合って、文字化けしているように見えた。
まさか間違い電話だろうか。
いや、それ以前に圏外のはずだ。
Sさんの手のひらから、じっとりと汗が滲み出る。
それでも何かに引き寄せられるように、Sさんは着信ボタンに指を伸ばした。
電波がないはずなのにかかってきた電話。
一体誰が、何を伝えようとしているのか。
恐ろしさと好奇心が入り混じり、Sさんは震える指で画面をタップした。
耳元にスマホを当てると、ツー…ツー…という、ただの無機質な音が聞こえてくる。
繋がっていない電話特有の音だ。
しかし次の瞬間、その単調な電子音の間に、微かに何かの」のようなものが混じっている気がした。
それは人の声というよりは、何か遠くで響くような、あるいは水の中でくぐもったような、はっきりとは聞き取れない音だった。
Sさんは思わず息を殺し耳を澄ませた。
何かを訴えかけているような、しかし何を言っているのか全くわからない、不明瞭な囁き。
その声は一瞬だけ聞こえては消え、また聞こえては消えるのを繰り返した。
Sさんの背筋を冷たいものが走り抜ける。
Sさんは震える手で通話終了ボタンを押した。
心臓が今にも破裂しそうなほど激しく脈打っている。
一体今のは何だったのか。
電波がない山奥で、文字化けした番号からかかってきた電話。
そして聞き取れない不気味な声。
Sさんはその夜、また掛かってくるのではないか?と考え、一睡もできなかった。
ようやく外が明るみ始めた時、着信履歴を確認してみたが、履歴には文字化けした番号は残っていなかったそうだ。