大学生のSさんたちから聞いた話。
彼らは夏休みを利用して、大学の友人たちと連れ立って少し名の知れたハイキングコースにやってきた。
コースは整備されていると聞いていたので、地図もろくに見ず、ただ前を歩く友人の背中を追っていた。
初めのうちは鳥の声や木々のざわめきが心地よく、他愛もない会話を楽しんでいた。
しかし、一時間ほど歩いただろうか。
道は次第に細くなり、足元はぬかるんでくる。
人の気配が薄れ、周囲の木々がさらに鬱蒼と茂り、陽光も届きにくくなっていった。
Sさんは不安を感じ始め持参した地図を広げてみたが、今いる場所がどこなのかさっぱり見当がつかない。
完全に道に迷ってしまったようだった。
「もしかして、道間違えたんじゃないか?」
誰かがそう呟くと、それまで賑やかだった一行に沈黙が落ちた。
皆少しずつ顔色を変えていく。
不安が募る中、ひときわ背の高い杉の木がいくつも立ち並ぶ開けた場所に出た。
安堵の息が漏れたのも束の間、Sさんの視線はある一点に釘付けになった。
道の脇に立つ一本の大きな杉の木の根元。
そこに何かがいた。
それは人の形をしているように見えたが、あまりにも不自然だった。
痩せ細り、手足は針金のように長く、ひょろひょろとしていた。
色は森の樹皮や土の色に限りなく近く、光の加減によってはほとんど見分けがつかない。
じっと見つめていると、それがゆっくりと木の陰にスッと消えていくのが見えた。
まさかそんなものがいるはずがない。
きっと木漏れ日と枝の影が作り出した、ただの錯覚だろう。
だが友人たちも見ていたらしく、これ以上進むのは危険かもしれないという事になり、とにかく下山することにした。
来た道を戻るしかない。
歩き始めてしばらくすると、Sさんは再び違和感を覚えた。
道の奥、少し開けた場所の雑木の陰。
そこに先ほど見たような細長いものが、わずかに見えた気がしたのだ。
すぐに目を凝らすが、そこにはただ木々が揺れているだけで、人影は見当たらなかった。
それから不思議なことに、道を歩くたびにふと視界の端に何かが映り込むようになった。
岩の影、倒木の隙間、あるいは少し開けた空間の、森の深い色の奥。
それは一瞬だけ姿を現し、目を向けた途端に消える。
確かな形を捉えられないのに、確かにそこに「いた」という感覚だけが残る。
それはまるで、自分たちの様子をひっそりと観察しているかのようだった。
だんだんと、Sさんたちは口数が減っていった。
しかし、誰も口には出さない。誰もが気のせいだと思いたい。
その後Sさんたちは無事に下山出来たが、そこには2度と行かないようにしたそうだ。