
Kさんが小学生だった頃の話。
夏休みになると、Kさんはいつも田舎の祖父母の家へ遊びに行っていた。
祖父母の家は裏に小さな山があり、そこがKさんのお気に入りの遊び場だった。
その裏山には、今はもう使われていない古い貯水池がある。
水は澄んでおらず、表面には藻が浮き、周囲は人の背丈を超えるほど草木が生い茂り、昼間でも薄暗くどこかひっそりとしていた。
祖父は「危ないから近寄るな」と言っていたが、子供心に秘密基地のような魅力があり、Kさんはよくその貯水池の周りで一人遊んでいた。
ある暑い日の午後、Kさんは貯水池の縁で、投げた小石が水面に広がる波紋を眺めていた。
その時、ふと水面近くの茂みの中から、白い指のようなものが何本か見えた気がした。
まるで水の中から生えているかのように…最初は枯れ枝かと思った。
貯水池の中には、枯れた木や枝が沈んでいることもよくあったからだ。
しかしその白い指のようなものは、ゆっくりと、まるで意思を持っているかのように微かに動いた。
それは水の中の何かを指し示しているようにも見えたし、Kさんを招いているようにも見えた。
Kさんは思わず息をひそめ目を凝らしたが、次の瞬間にはもう何も見えなくなっていた。
草木の陰に隠れたのか、それとも最初から幻だったのか。
Kさんは、鳥肌が立つような奇妙な感覚に襲われ、体がぞわっとした。
ある夕暮れ時、Kさんが裏道を通って祖父母の家に戻っていると、再びその視線を感じた。
今回はこれまでのものとは少し違っていた。
いつもはただ見られているだけだったのに、その視線には微かな重みが加わっていた。
まるで貯水池の底から、粘りつくような空気がまとわりついてくるようだ。
Kさんは思わず足を速めた。
どうやらそれは貯水池の近くにいる時だけだった。
祖父母の家まで来ると、あの奇妙な視線は感じなくなる。
祖父にその事を話してみたところ、祖父は言った。
「近づいただけなら大丈夫だ」
そして強い口調で付け加えた。
「もう行くな。行けば獲られるかもしれんからな」
Kさんは背筋が凍るような思いをした。
祖父の言葉はただの忠告ではない、何かを知っているかのような重みを持っていたからだ。
それ以来、Kさんは貯水池に二度と近づくことはなかった。