怖い話と怪談の処

あなたが今読んだその話、本当に「作り話」だと言い切れますか?

夏の森の、内緒のお姉さん

夏休みに入ってすぐ、Tくんは母方の田舎にある祖父母の家にやってきた。

蝉の声がうるさいくらいに響く、のどかな場所だ。

Tくんは都会の騒がしさから解放され、最初は楽しかったのだが…すぐに退屈してしまった。

いつもの夏休みならゲーム機を持ってきて、一日中画面にかじりついているのがTくんの定番だった。

でも今年は出発前に母親に「ゲームは置いていきなさい」ときつく言われてしまい、手持ち無沙汰だったのだ。

 

初日の午前中、やることがなさすぎたTくんは、探検気分で家の裏にある小さな森に入ってみた。

鬱蒼と茂った木々の間を抜ける風は、ひんやりとして気持ちがいい。

普段アスファルトの上しか歩かないTくんには、土の匂いや草の感触が新鮮だった。

森の中をあてもなく歩いていると、開けた場所に出た。

そこにTくんより少し背の高い、高校生くらいのお姉さんが一人で立っていた。

長い黒髪が風に揺れて、白いワンピースがよく似合っている。

見慣れない顔だったから、Tくんは少しドキドキしながらも、「こんにちは」と声をかけてみた。

お姉さんは優しそうな笑顔で「こんにちは」と返してくれた。

Tくんが暇で森を散歩していることを話すと、お姉さんも色々話してくれた。

お姉さんの名前は聞けなかったけれど、Tくんと同じくらいの時にこの森でよく遊んでいたことや、好きな花のこと、空の色のこと…他愛ない話をしているうちに、Tくんはすっかりお姉さんのことが好きになっていた。

 

気がつくと、空はオレンジ色に染まり始めていた。

「そろそろ帰らないと」とTくんが言うと、お姉さんは少し寂しそうな顔をした。

「今日、私と会ったことは、誰にも内緒にしてね」と、少し低い声で言われた。

そして、「また明日、この場所で会おうね」と微笑んで手を振ってくれた。

Tくんも嬉しくなって、「うん!」と大きく頷き、お姉さんに手を振り返して森を後にした。

 

夕飯時、いつもはテレビばかり見ているTくんが、なんだか嬉しそうにしているのを、母親や祖母は見逃さなかった。

「何かいいことでもあったの?」と聞かれたけれど、お姉さんとの秘密の約束があるTくんは、「ううん、別に」と適当にはぐらかした。

心の中では、明日もお姉さんに会えるのが楽しみで仕方なかった。

 

次の日、Tくんは朝ごはんを食べ終わると、すぐに昨日のお姉さんと会った森の場所へ向かった。

お姉さんは、昨日の場所に立って待っていてくれた。

今日は二人で、森の中を流れる小さな川で遊んだ。

冷たい水に足を浸したり、落ちている木の枝で小舟を作って競争したり…時間はあっという間に過ぎ、また夕方になってしまった。

 

「明日も会えるかな?」とTくんが聞くと、お姉さんは優しく微笑んで「うん、また明日もここで待っているね」と言ってくれた。

家に帰ると、母親に「今日はどこで遊んでたの?」と聞かれた。

Tくんはお姉さんのことは内緒にして、「近くの川で遊んでた」と答えた。

 

その日の夜、祖父母が母親と何やら話しているのが聞こえてきた。

「あの川には、人じゃないものが住むって言い伝えがあるから、Tには気をつけさせた方がいい」と祖母が心配そうに言っていた。

母親は、「ええ、そうします」と答えていたけれど、Tくんは、まさかお姉さんのことではないだろうな、と少しドキドキした。

 

3日目の朝、Tくんがいつものように森へ遊びに行こうとすると、玄関で祖父に呼び止められた。

「一人で川に行っちゃ危ないから、爺ちゃんも一緒に行こう」と、笑顔で言われた。

Tくんは、お姉さんと二人で遊びたい気持ちがあったけれど、祖父の誘いを断る理由が見つからず、仕方なく一緒に森へ行くことにした。

 

昨日までお姉さんが立っていた場所に行っても、今日は姿が見えなかった。

少しがっかりしているTくんに、祖父が静かに語り始めた。

「昔な、この川で悲しいことがあったんだ」と。

祖父の話によると、ずっと昔、この川で一人の若い女の子が亡くなったらしい。

高校生くらいで、長い黒髪が綺麗で誰にでも優しかったそうだ。

運が悪く、突然の鉄砲水に巻き込まれて命を落としてしまったという。

その話を聞いて、Tくんはゾッとした。

昨日、今日と会ったお姉さんの特徴と、あまりにも似ていたからだ。

長い黒髪、優しい笑顔…まさか。

 

その日の夜、Tくんはなんだか寝付けなくて窓から外を見ていた。

暗い夜なのに、森の方から白い人影がゆっくりと近づいてくるのが見えた。

誰だろうと目を凝らしてみると…あのお姉さんだった。

お姉さんは、Tくんの家の窓を見上げ、寂しそうな、どこか悲しそうな顔でゆっくりと手を振った。

そして…次の瞬間、まるで霧が晴れるかのように、スっと、その姿は暗闇の中に消えてしまった。

 

Tくんは窓に張り付いたまま、しばらくその場所を見つめていた。

心臓がドキドキと高鳴り、背筋には冷たいものが走った。

夏の夜の静けさだけが、Tくんを包んでいた。