
写真家のSさんは、常に新しい被写体を求めていた。
特に人があまり足を踏み入れないような、秘境と呼ばれる場所が好きだった。
カメラを片手に一人で山奥深く入り込み、誰の目にも触れられていないような自然の風景を切り取ることに、Sさんはこの上ない喜びを感じていた。
先日、SさんはK県北部の、地元でもほとんど人が立ち入らないという深い山奥へと向かった。
事前に地図で入念にルートを確認し、数日分の食料と撮影機材をリュックに詰め込んだ。
鬱蒼とした杉林を抜け険しい岩場を登っていくうちに、Sさんの周囲の景色は徐々に変わっていった。
見慣れたはずの木々とは違う、奇妙な形をした、ねじれた幹を持つ木々が立ち並び始めたのだ。
葉の色もどこか不気味な暗緑色をしていた。
Sさんはその異様な光景に、言い知れない魅力を感じた。
まるで異世界に迷い込んだようだ。こんな風景は今まで見たことがない。
Sさんは夢中でシャッターを切った。
様々な角度から何枚も何枚も、その奇妙な木々を写真に収めた。
ファインダー越しに見るその光景は現実離れしていて、Sさんの心を強く惹きつけた。
日が暮れ始め、Sさんは満足して山を下りた。
帰宅後、すぐにパソコンにSDカードを挿入し撮った写真を確認した。
ところが、モニターに映し出された写真を見てSさんは目を疑った。
確かに自分が撮影したはずの風景が写っているのだが、どの写真にもSさんが見た覚えのない木々が写り込んでいたのだ。
それは、Sさんが特に魅かれた奇妙な形の木々とは明らかに違う、もっと禍々しい雰囲気を持つ黒ずんだ木だった。
さらにSさんの背筋を凍らせたのは、その見慣れない木々の間には、うっすらと人影のようなものがいくつも写っており、皆、一様にこちらを見つめているように見えたことだった。
それはまるでモノクロームの幽霊のような、ぼやけたシルエットだったが、その視線だけがはっきりとSさんに突き刺さるように感じられた。
Sさんはあの山奥で、一体何を撮ってしまったのだろうか。
撮ったはずのない木々。
そして自分を見つめる人影のようなもの。
考えれば考えるほど、Sさんの心は恐怖に支配されていった。
もしかしたらあの場所は何か特別な、あるいは恐ろしい領域に繋がっていたのではないか。
数日後、Sさんは意を決して、地元の古くから続くお寺の住職に相談してみることにした。
Sさんが山で体験したこと、そして写真に写り込んだ奇妙な木々と人影のことを話すと、住職は深刻な表情で頷いた。
「それは恐らく、この世のものではないものが写り込んでしまったのでしょう」
と住職は言った。
「特に、山奥深くには、様々な念や気が集まりやすいのです」
住職はSさんに、その写真のデータを持ってくるように言った。
そして数日後、お寺の境内でその写真のお焚き上げが行われた。
炎が高く上がり、黒煙が空に立ち昇る中、住職は真剣な表情で読経を続けた。
お焚き上げが終わった後、Sさんは不思議なほど心が軽くなったのを感じた。
それ以来、Sさんの写真に奇妙なものが写り込むことは二度となく、夜中にうなされることもなくなった。
Sさんはあの時、深く考えずにシャッターを切ったことで、異質な世界に足を踏み入れてしまったのだと悟った。
そして、安易に未知の領域に踏み込むことの恐ろしさを、身をもって知ったのだった。
その後、Sさんは以前と変わらず写真を撮り続けているが、あの深い山奥へは、二度と足を踏み入れることはなかったという。