
Yくんが小学校四年生だった頃の話。
季節は冬だった。
学校が終わると、Yくんはいつものように友達と校庭で日が暮れるまで遊んでいた。
鬼ごっこをしたり、サッカーボールを蹴ったりしているうちに、空は藍色に変わり、あたりはもうだいぶ暗くなっていた。
冷たい風が頬を撫で、吐く息が白い。
友達と別れ、Yくんは一人、家へと続く道を歩き始めた。
その道は学校から家までの近道で、細い水路に沿って続いていた。
Yくんは特に目的もなく、ただ何気なく水路を眺めながら歩いていた。
水面は凍てつきそうなほど澄んでいて、底に沈む小石や枯葉がはっきりと見て取れる。
すると、水路の方から「バシャン」という音が聞こえた。
Yくんは足を止めた。
音は水路の中から聞こえたように感じた。
こんな時期にこんな場所で、一体何が跳ねたのだろう。
最初はでかい魚でもいるのかな、と思った。
冬の寒い時期に魚が活発に動くのは珍しい気がしたけれど、もしかしたら大きな鯉か、誰かが飼っていたナマズか、そんなものがいるのかもしれない。
好奇心から、Yくんは音のした方にゆっくりと近づいていった。
水路の縁に立ち、目を凝らして水面を覗き込む。
しかし、いくら見ても魚の姿はない。
水面は再び静けさを取り戻し、先ほどの音はまるで幻だったかのように感じられた。
Yくんは首を傾げ、もう一度水路の端から端まで見渡した。
どこにも何もない。
ただよどんだ水が、街灯の光を鈍く反射しているだけだった。
「変だな…」
Yくんは独り言のように呟いた。
本当に魚が跳ねた音だったのだろうか?だとしたら、なぜ姿が見えないのだろう。
小さな疑問が胸の奥に引っかかった。
その時、再び「バシャン」と音がした。今度はYくんのすぐ目の前。
水面が小さく波立ち、何かが潜ったような錯覚に陥った。
Yくんは息を呑んだ。しかし、やはり何も見えない。
Yくんは急に背筋が寒くなった。
単なる魚ではない、何か別のものがこの水路にいるような、漠然とした不安がYくんを襲った。
その何かは、Yくんが覗き込んでいることを知っていて、わざと音を立ててから姿を隠しているように思えた。
見えないものがそこにいる。
急に怖くなったYくんは、水路から離れて一目散に家へ帰ったという。