Tさんが学生だった頃の話。
Tさんは大学の近くにある、古いアパートで一人暮らしをしていた。
家賃の安さに惹かれて決めたという。
部屋の隅にはびたタンスが置かれており、管理人さんからは前の住人が置いていったもので、好きなように使ってくださいと言われたが、どうにもTさんは使う気になれなかった。
なので結局何も入れないまま放置していた。
ある日の深夜、Tさんはレポート作成に追われていた。
時刻はもう午前2時を過ぎている。
キーボードを叩く音だけが部屋に響いていた。
ふと、部屋の隅にあるタンスの方から、微かな音が聞こえた気がした。
カリカリ、という何か硬いもので引っ掻くような音。
Tさんは集中力が途切れるのを嫌い、気のせいだと思い再び作業に没頭した。
しかし、その音は再び聞こえた。
今度は少しだけ大きくなっている。
規則的ではないその音は、まるで何かがタンスを引っ掻いているかのようだった。
Tさんはレポートの手を止め、タンスの方に目を向けた。
音は確かにタンスの中から聞こえる。
Tさんはゾッと背筋が冷たくなるのを感じた。
まさかあのタンス、ネズミがいたから放置されてたんじゃないだろうな。
そう考えたTさんは、立ち上がってゆっくりとタンスに近づいた。
すると音が止まる。耳を澄ますが何も聞こえない。
恐る恐るタンスの扉に手をかけ、ゆっくりと開けてみた。
中には何も入っていない。
Tさんは首を傾げながらタンスの扉を閉め、またレポート作業に戻った。
だが、一度意識してしまった音は、もう気のせいでは片付けられなかった。
耳を澄ませば微かなカリカリという音が聞こえる気がして、集中できなくなってしまった。
その晩、Tさんはほとんど眠れなかった。
翌日、Tさんは友人のSさんに昨晩の出来事を話した。
Sさんは感が強いらしく、Tさんの話を聞くと真剣な表情で「一緒にタンスを見てみよう」と言ってくれた。
二人はTさんのアパートへ向かった。
部屋に入ると、Sさんはすぐにタンスに近づきじっと見つめた。
そして少しだけ眉をひそめながら、タンスの引き出しを1つずつ引き出して眺めている。
そして
「Tさん、これ…」
TさんがSさんの指差す方を見ると、タンスの引き出しの奥に、古びたお札がびっしりと貼られているのが見えた。
お札は変色し、文字もかすれているが異様な雰囲気を放っていた。
Sさんは顔色を変え
「これ、ただの古いお札じゃない」
と低い声で言った。
TさんはSさんの助けを借り、そのタンスをバラバラに分解した。
中から何も出てこなかったことに、Tさんは安堵した。
そしてその翌週のゴミの日に、二人はタンスの破片を全てゴミ捨て場に運んで捨てた。
タンスがなくなってから、あのカリカリという音を聞くことは二度となかったという。