
古くからの歴史を持つ、大きなお寺の住職になったAさんの話。
ある時、Aさんは寺の奥深くにある、滅多に開かれることのない古い蔵の整理をすることになった。
そこは長い年月によって積もり積もった埃と、朽ちかけた古い道具、そして虫食いの経典で埋め尽くされていた。
物の山をかき分け奥へと進んでいくと、ひっそりと置かれた一体の小さな仏像が目に入った。
それは粗末な木彫りの仏像で、掌に乗るほどの大きさだった。
他の仏像が放つような慈悲深さはなく、その顔は無表情で、特に目の部分が不自然なほど深くえぐられていた。
まるで本来そこにあったはずの眼球が、何者かにくり抜かれたかのように、ただ二つの真っ黒な空洞がそこにあるだけだった。
Aさんはその空洞の目がどこか自分を見据えているような、そんな不気味さを感じた。
Aさんはその仏像を手に取った。
その瞬間、掌にゾワリと冷たいものが伝わってきた。
それは単なる木材の冷たさとは違う、肌の内側に染み込むような、底冷えする感覚だった。
Aさんは、この仏像をこのままにしておくのは忍びないと感じ、本堂の片隅に静かに安置し、心を込めて供養することにした。
それから数日後のこと。
夜中、Aさんが微かな物音で目を覚ますと、どこからか「コン、コン」という微かな音が聞こえてきた。
それはまるで乾いた木片がぶつかり合うような、あるいは硬いものが何かを叩くような音だった。
Aさんは最初は寝ぼけているのか、耳鳴りかと自分の錯覚だと思った。
しかしその音は次第に明瞭になり、明らかにAさんのいる部屋の方向、そして本堂へと続く廊下から聞こえてくるようだった。
Aさんは恐る恐る布団から出て、音の出どころを探した。
廊下には誰もいない。
全ての障子は閉められ、風が吹き込む隙もない。
しかしその音は止まない。
その音は、まるで本堂の方向から漂ってきているような気がしてならなかった。
翌朝、Aさんが仏像の前に立つと、仏像は何も変わっていないように見えた。
しかし、昨晩聞こえたコンコンという音が、仏像の空洞の目から発せられているような、漠然とした不安がAさんを襲った。
Aさんはこの仏像が何を意味しているのか分からなかった。
耐えきれなくなったAさんは、寺の古文書を読み漁った。
すると、その仏像について記された一節を見つけた。
それはこの寺に古くから伝わる、とある恐ろしい言い伝えだった。
その仏像は、かつてこの地で起こった疫病で多くの命が失われた際、疫病神を鎮めるために作られたものだという。
しかし、供養が途絶え、忘れ去られてしまったのだと。
そして目がくり抜かれたのは、二度と疫病神がこの世を見ないようにという願いが込められていたのだという。
だが、その封じられたはずの疫病神の力が、仏像の目が空洞になったことで、再び力を持ち始めているという記述を見つけた。
コンコンという音は、その疫病神が再び活動を始めた兆候なのだと。
Aさんは仏像を丁寧に清め、毎日欠かさず供養を続けた。
しかし、空洞の目から発せられる音は止まない。
それどころか夜が更けるにつれて、その音は次第に大きくなり、まるで何かが近づいてくるかのように感じられた。
Aさんは必死に経を唱え続けたが、音は途切れることがなかった。
数日が経ったある夜、Aさんがいつものように仏像の前で経を唱えていると、それまで微かだった音が耳元で響くほどに大きくなった。
そして仏像の空洞の目から、冷たい視線を感じた。
それは明確な視線ではない。
だがAさんの肌を刺すような、底知れない冷たさを持った何かが確かにそこにあった。
Aさんは恐怖に震えながらも、経を唱えることをやめなかった。
夜が明け始めた頃、ようやく音は止んだ。
それ以来、仏像から音が聞こえることはなくなり、あの冷たい視線を感じることもなくなったという。
Aさんはその仏像を決して特別なものとして扱うことはせず、日々の勤行の中で他の仏像と共に、常にその存在を忘れぬよう大切に供養を続けているそうだ。