怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

沢の上に浮いていたもの

Kさんは山歩きと野営が趣味だった。

誰もいない山奥にテントを張って、焚き火の音を聞きながら夜を過ごす。

そんな時間が好きだった。

 

その日も人里離れた沢沿いの細い獣道を歩いていた。

陽はまだ高く、風もなく沢の水音だけが静かに響いていた。

途中、小さな開けた場所があって、Kさんはそこにテントを張ることにした。

沢のすぐそばで斜面も緩やかで、いい場所だった。

荷物を置いて水を汲みに沢に近づいた時のこと。

ふと、向こう岸に何かが見えた。

白っぽい何か。最初は鳥だと思ったのだが、よく見ると羽がく脚もない。

そもそも動物の形ではなかった。

ひしゃげたビニール袋のような、それでいて何かの塊のような、そういう曖昧な形をしていた

 

それが水面すれすれのところで、ぴたりと浮いていた。

風は吹いてない。

水も流れているのに、それだけはまるで固定されたみたいに動かない。

Kさんはしゃがみこんで目を凝らした。

中が透けて見える。

骨のようなものが何本も。

細くて曲がった骨が、ぐにゃぐにゃと蠢いていた。

生き物の動きではない

ゆっくりと、骨が内側からもぞもぞと這っていた。

Kさんは思わず息を呑んで後ずさった。

一瞬、視線が逸れた。

もう一度見るとそこには何もなかった。

ただの水面。流れる沢と向こう岸の木々だけがあった。

「見間違い…じゃないよな」

心臓がまだ早鐘を打っていたが、Kさんは何とか自分を落ち着かせて、テントに戻った。

 

その夜。

辺りは真っ暗で、月も雲に隠れていた。

焚き火を消してテントに入り、寝袋に包まりながら耳を澄ますと、夜の山らしい虫の声、遠くの梟の声だけが聞こえていた。

しばらくして、ウトウトしはじめたそのとき。

ぴちゃ…ぴちゃ…

何かがテントのすぐ下で水の音を立てた。

沢は5メートル以上離れている。水が来るはずなんてない。

だけど、確かに地面のすぐ下、テントの下から

ぴちゃっ…ぴちゃっ…ぴちゃっ…

まるで、誰かがテントのすぐ下に手を差し入れて、冷たい水を掬っているような音。

寝袋の中でKさんは動けなかった。

息を殺し、目を閉じてただその音が止むのを待った。

音はしばらく続き、それから急に何もなかったみたいに止んだ。

 

翌朝。

テントの下を確かめても水はなかった。

濡れた跡もない。

だが、テントのペグの一本が何故かゆるくなっていた。

 

お題「百物語(参加型なので一人でいくつ投稿しても可)」