Fさんたちは、大学の山岳部のOBとして集まったメンバーだった。
その日は霧が濃く、目的地の山頂は断念して、途中にある古い避難小屋で一夜を明かすことになった。
小屋はかなり古びていて、軋む扉を押し開けると、かび臭い空気と共にほのかに炭の匂いがした。
中に入った瞬間、Kさんが「うわ…」と声を漏らした。
壁という壁が紙で覆われていたのだ。
登山者たちの記録だろう。
「〇〇年〇月無事下山」「雪で動けず、ここで二泊」「クマに出会った、気をつけろ」
手書きの紙が、まるで祈りのように貼られていた。
だが、その中で一枚だけ妙に気になる紙があった。
北側の窓。
割れたガラスの隙間から風が吹き込むその窓の外側に、何かが貼られていた。
最初に気づいたのはSさんだった。
「あれ、外から貼ってあるよな?」
懐中電灯を向けると紙は窓の向こう側、ガラスに張り付くようにして揺れていた。
しかし外は足場が悪い斜面になっていて、人が歩くには危険なところだ。
どうやって貼ったのか、という疑問が湧いた。
それ以上に、描かれているものが気味悪かった。
黒いペンで、ただぐにゃぐにゃとした線が重なり合い、中央には人の顔のように見えるが…目が四つあり、鼻の位置が歪み、口は裂けている。
そんな「顔らしきもの」があった。
「誰かのいたずらだろう」
とYさんが言い、Fさんも頷いたが、誰もその紙を取りに行こうとはしなかった。
外は霧が濃く、足を滑らせれば一巻の終わりだった。
夜になり、彼らは焚き火を囲んで酒を酌み交わしながら眠りについた。
深夜。
Fさんは目を覚ました。なぜか小屋の中が妙に寒い。
いくら山とはいえ夏なのに、肌がぞくりとする。
視線を窓に向けると、あの紙が揺れていた。
まるで何かが外から、息を吹きかけているように。
そのとき、小屋の中で誰かが囁いた。
「見てる」
振り返っても皆眠っている。だが声は確かに耳元で聞こえた。
再び窓を見る。
するとその紙の顔がさっきより少し、こっちを向いているように見えた。
目が増えている?五つ?いや、もっと…
Fさんは恐怖を抑えて寝袋に潜り込んだ。
翌朝、窓の外を確かめてみると、あの紙は消えていた。
ガラスには何の痕跡もなく、ただ朝の光だけが差し込んでいた。
「風で飛んでいったんだろう」と言い合いながら気にしないようにしたが、Fさんはあの夜以来、夜の窓を見るのが怖くなったという。