怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

尾根を滑る影

Rさんは高原の見晴らしのいい場所で、双眼鏡を使って遠くの尾根を眺めていた。

登山の途中、休憩がてら対岸の山並みを観察するのが好きだった。

 

空は晴れていた。

風も穏やかで、双眼鏡のレンズ越しには緑が鮮やかに広がっていた。

と、そのとき、向こうの尾根の中腹を何かが動いた。

白くて細長いもの。

木々の間をまるで雪でも滑るかのように、静かに、だが一定の速度で滑っていく。

最初は野生動物かと思ったのだが、あまりにもまっすぐだった。

蛇でもイタチでも、こんな滑り方はしない。

転がりもしないし、何より…「枝を避けていた」

双眼鏡を通していたとはいえ、確かに見えた。

斜面に伸びた枝が一本、その動くものの進路にかかっていた。

それがその直前でわずかに軌道を変えて、枝を避けるようにスッと進んだのだ。

生き物のようだが生き物じゃない。

滑っているのに傾斜の影響をまるで受けていない。

まるで意志があって、斜面の上をなぞるように移動していた。

Rさんは、そのものが尾根の向こうに消えていくまで、何もできずにただ見ていた。

 

翌日。

気になって仕方がなかったRさんは、確認のためにその尾根まで足を運んだ。

昨日の場所を頼りに尾根の中腹まで登っていくと、そこに跡があった。

それは一本の痕跡でも、踏み跡でもなかった。

木々の枝…それも低い位置にある太めの枝が、何本も下へ撓んだ跡になっていた。

折れてはいない。

ただ、あり得ない角度で下に曲がったまま、固まっているようだった。

誰かが、何かがそこを通って枝を押し下げていったように。

だが地面には、足跡も動物の痕跡も何もなかった。

ただ斜面に沿って一定間隔で、撓んだ枝だけが続いていた。

 

それはまるで「ここを通った」と証明するかのように残されていた。

 

Rさんはそれ以上奥に踏み込まず、引き返した。

風は昨日と同じように穏やかだったが、なぜか空気は冷たく湿っていた。

 

「あれは…何かの足じゃなかったと思う。

もっと…形になってないもの。

でも確かに、こっちを見てた気がするんだよね」

Rさんはそう言って、今でも登山には双眼鏡を持っていくという。

けれど…もう向こうの尾根を覗くことはないらしい。

 

お題「百物語(参加型なので一人でいくつ投稿しても可)」