怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

呼吸する登山道

Mさんがその山を訪れたのは、夏の終わりの午後だった。

人気のある登山道ではなく、地元でもあまり人の通らない古い尾根道と呼ばれるルートだった。

 

細く曲がりくねった道を登っていたときのこと。

ふと、足元がふわっと軽く持ち上がったような違和感を覚えた。

風か地盤のゆるみかと思ったが、奇妙なのは、その浮く感覚が一度では終わらなかったこと。

もう一歩踏み出すたびに…地面が、何かを押し返してくるような、妙な反発を感じる。

Mさんは立ち止まり、目を凝らして足元を見た。

土の表面に生えた苔や枯れ葉が、ゆっくり…本当にゆっくりと上下に揺れていた。

「呼吸してる?」

そんな馬鹿な、と思いながらも目の前で確かに、地面全体が吸って吐いているように膨らんだり縮んだりしていた。

波打つというよりは、まるで巨大な生き物の背に立っているかのような感覚。

鳥のさえずりも消え、風も止まり、音一つない無音の中で、その地面の呼吸だけが静かに続いていた。

 

背中に冷たい汗がにじむ。

Mさんはできるだけ音を立てず、足元を刺激しないよう、そろりそろりと後ずさるようにその場を離れた。

 

駐車場に戻ったときにはすでに夕方になっていた。

車に乗ろうとして靴を脱いだとき、違和感に気づいた。

靴底に何かがびっしりと貼りついている。

それは苔でも泥でもなかった。

乾いてざらついた半透明の膜のようなもので、光にかざすと、細かい繊維のようなものが無数に絡み合っていた。

まるで何かの粘膜が、乾いたあとに残る痕跡のように思えた。

洗っても洗っても…その靴底のざらつきだけは、どうしても取れなかったという。

 

お題「百物語(参加型なので一人でいくつ投稿しても可)」