Oさんがその尾根道を歩いていたのは、晴れた午後だった。
少し風が強く木々がざわつく中、ふと右手の木の幹に奇妙な模様があることに気がついた。
近づいて見てみると、それは赤く変色した木肌の部分に刻まれたような、円形の印だった。
何かの塗料で描かれたのではなく、木の表皮を何かの爪でえぐったような浅い傷が、時間とともに赤く染まったような形。
幅は直径30センチほど。
まん丸で、まるでコンパスで描いたかのような正確さがあった。
不思議に思いさらに進むと、また次の木にも同じ印が刻まれていた。
それが尾根道に沿って左右交互に、一定の間隔で続いていた。
何かのマーキングかと思ったが、標識としてはあまりに意味不明だ。
印の並びを追っていくと、やがてそれらの木が大きな円を描くように配置されていることに気づいた。
まるで見えない何かを囲っているような…妙な違和感があった。
その輪の中心に立ったとき、Oさんは一瞬だけ、足元に変な感触を覚えた。
硬い岩でも、柔らかい土でもない、薄い膜のようなものを踏んだ感覚だったという。
だが、目を凝らしても足元には落ち葉があるだけで、地面に異常は見られなかった。
その日は何事もなく下山し、帰宅した。
だが、翌朝になって登山靴を干そうとしたとき、靴の裏に見覚えのある赤い印が浮かび上がっているのに気づいた。
昨日見たあの円形の印と全く同じ形。
しかも、両足の裏にぴったりと左右対称に浮かんでいた。
泥や塗料ではない。
革に染み込んだように赤くなっている。
気味が悪くなり、その印について調べようとネットや文献を漁ったが、まったく情報が出てこなかった。
あの尾根のあの輪の中に、いったい何があったのか。
何を囲っていたのか。
そして自分の靴の裏に、その円がついたということは…いま、自分は外に出てきた何かの目印になっているのではないか?
Oさんは登山をやめてしまったそうだ。