Aさんは休日の早朝、単独で標高千メートルほどの山を登っていた。
整備された登山道を外れ、少し険しい岩の斜面をよじ登っていたときのこと。
岩と岩の重なりが生んだ、ちょうど人の頭ひとつ分ほどの隙間に、黒く濡れたような空洞があるのに気がついた。
湿っているように見えるその暗がりに、手をかけて体を引き上げようとしたとき…中で何かが動いた。
奥の闇のなかで、丸くぬるりとした目のようなものが、こちらを向いてゆっくり開いた。
血の気が引いた。
何も考えられずAさんは身を引いた。
慌てて岩から離れると、その目はもう見えなくなっていた。
懐中電灯を取り出して空洞に光を当てても、そこにはただの岩肌と湿った土しかなかった。
それでもあのとき感じた開いたという感触は、確かにあった。
奇妙だったのはその後だった。
それからというもの、山を下りるまでのあいだ、背中に焼けつくような視線の熱をずっと感じ続けていた。
鳥の気配すらない無音の中で、肩越しに感じる何かの存在。
体をひねってみても、視線の感覚は常に背中を中心に据えたまま動かない。
下山後も気になり、数日後に山の地形を確認できる航空測量の地図を見せてもらったという。
するとAさんが目を見たはずの斜面の位置に、直径3メートルほどの不自然な円形の凹みが、画像上にはっきりと写っていた。
だが、同じ場所を他の人が訪れても、その空洞も目も見つからなかったらしい。