Nさんがその廃ホテルを訪れたのは、友人たちとの心霊スポット巡りの一環だった。
標高の高い場所に建つそのホテルは、かつては避暑地として賑わっていたらしい。
しかし今は壁も床も崩れ落ち、上層階へ行く階段も一部が崩落していた。
Nさんは好奇心から、比較的残っていた外階段を使って最上階まで登った。
その階には内壁がほとんど崩れていて、山の斜面に面した窓がむき出しになっていた。
その窓の外に、奇妙なものがあった。
金属の階段、幅の狭い非常階段のようなものが、空中に向かって伸びていた。
壁に取り付けられていた痕跡もないのに、なぜかそこにだけぽつんと存在していた。
Nさんが身を乗り出して見下ろすと、階段は途中でぷつりと途切れていた。
だがそこで、Nさんは違和感に気づく。
その切れた先…空中にくっきりと泥のような足跡が浮かんでいた。
一歩。また一歩。
何もない空間に足跡が浮かび、ゆっくりと階段を「上がって」きていた。
風もないのに階段の手すりが微かに揺れている。
遠くの森がざわつくような音がして、Nさんは我に返った。
慌てて窓を離れ、階段を下りようとしたその時だった。
ギィ…ギシ…ギィ…
金属がわずかに軋む音が背後からついてきている。
一段下りるたびにその音も一段、確かに後を追ってくる。
振り返る勇気が出なかった。
何かが見えないまま足音だけを残して、そこに存在していた。
やっとの思いで地上に降りたとき、音はぴたりと止んでいた。
だが仲間たちと合流したあと、Nさんの背中に泥のような足跡がひとつ、ついていた。