怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

波の中にあった顔

Kさんがその海岸を歩いていたのは、夕方近い干潮の時刻だった。

観光地からは離れた寂しい磯で、人気はなく、波の音だけがゆっくりと響いていた。

 

ふと足元を見ると、砂の上に小さな顔のような跡があった。

大人の手のひらほどの大きさで、目と口のようなくぼみが、くっきりと押し付けられていた。

人が作ったにしては妙に正確で、何より奇妙だったのは、次に波が来てもその跡がまったく崩れなかったことだった。

浅い波がさらりと砂を濡らし、他の足跡や貝殻の溝はすぐにかき消されたのに、その顔の跡だけは、濡れながらもくっきりと残っていた。

 

Kさんが立ち止まり、違和感を覚えて波打ち際に視線を向けた瞬間。

ざぶん、と寄せてくる波の中にまったく同じ顔が沈んでいた。

透明な水の中、砂が巻き上がるその奥で、目のような窪みがこちらを向きながら、ゆらりと揺れていた。

Kさんは慌ててその場から離れた。

誰かが潜っていた?見間違いか?いずれにせよ、あまりに異様だった。

 

その夜からKさんは毎晩のように、同じ夢を見るようになった。

視界は真っ暗で、耳元で「ざあっ…ざあっ…」と波の音が響いている。

それに混ざって砂を含んだような呼吸音と、海水のにおいが感じられた。

何度か夢の中で目を凝らすと、足元の砂地に小さな顔の跡がある。

夢のくせに、濡れた砂の温度や粒の感触まで妙にリアルで、目覚めたときも潮の匂いが鼻についていた。

 

以来、Kさんはもうその浜に近づいていない。

ただ、今でも干潮の時間が近づくと、背後にじっとりした視線を感じることがあるという。

 

お題「百物語(参加型なので一人でいくつ投稿しても可)」