この話は会社の先輩であるYさんが、お盆休みに体験した出来事。
Yさんは同じ部署の同僚三人、Kさん、Sさん、Hさんと一緒に、山奥にある貸別荘を借り、バーベキューを楽しむことにした。
別荘は木造二階建てで、周囲は鬱蒼とした林に囲まれ、最寄りの集落までは車で二十分以上かかる。
夜になれば人工の明かりはなく、真っ暗闇に包まれる場所だった。
昼間は炭火で肉や野菜を焼き、ビールを飲みながら笑い声を響かせた。
夜も更け、炭の火が弱まり、片付けを終えて室内に戻った頃には、外からは虫の声と木の葉を揺らす風の音だけが聞こえていた。
午前零時を回ったころ。
寝る前に窓を閉めておこうと、Yさんはリビングの大きな窓へ向かった。
その瞬間、心臓が凍りつく。
窓ガラス一面に、外側から無数の手形が貼りついていた。
大人の手も子どもの手も混じり、指が少し開いていたり、べったりと広げられていたりする。
どれも薄白く曇っていて、生暖かい掌で押しつけた直後のようだった。
息を呑んで立ち尽くしていると、別荘の周りを何かが走り回る足音が聞こえてきた。
カサカサと枯葉を踏む音や、土を蹴る鈍い音が入り交じり、時折それは窓のすぐ外まで迫ってくる。
さらにはっきりとは聞き取れないが、ぶつぶつと何かを呟く声も混じっていた。
それは一人ではなく、何人もが重なって呟いているような、不気味な響きだった。
Yさんは恐怖で声が出ず、後ずさるようにして寝床へ戻った。
翌朝、全員で外に出て窓を確認したが、手形は昨日のままくっきりと残っていた。
しかし、周囲の土や枯葉の上には、足跡らしきものが一切見当たらない。
林の奥からは涼しい朝風が吹き抜けてきたが、Yさんはあの夜のガラス越しの手形と、耳に残る呟き声を、今でも鮮明に覚えていると語ってくれた。