看護師のNさんは、いつものように静まり返った病院の夜勤に従事していた。
時刻は午前2時、彼女は懐中電灯を手に、四階の廊下をゆっくりと歩いていた。
患者の容態を確認し、ナースステーションに戻る途中、ふと右手の窓に目をやった。
その瞬間、心臓が跳ね上がった。
窓の外、ガラスにべったりと顔が貼り付いていたのだ。
目を見開き、口を半開きにしたその顔は、まるで何かを訴えかけるように、じっと中を覗き込んでいた。
しかし、その窓の外は吹きさらしの空中。
ベランダも足場もない。
人が立てる場所ではないはずだった。
Nさんは一瞬、誰かが外にいるのかと考えたが、現実的にありえない。
恐怖と混乱が入り混じる中、彼女は目を凝らしてその顔を見つめた。
顔は徐々に曖昧になり、まるで霧のように薄れていった。
やがて何もなかったかのように、窓はただのガラスに戻った。
Nさんは息を呑み、しばらくその場に立ち尽くした。
冷たい汗が背中を伝い、手のひらはじっとりと湿っていた。
ナースステーションに戻った彼女は、同僚にその出来事を話すべきか迷った。
だが、話しても信じてもらえないだろうという思いが勝り、黙ってカルテの記録に戻った。
翌朝、病棟の清掃員が四階の窓を拭いていたとき、外側にうっすらと手形のような跡が残っているのを見つけた。
それは人間のものにしては小さく、指の数も合わなかったという。
Nさんはその話を聞いて、背筋が凍る思いをした。
あの夜、彼女が見たものは何だったのか。
誰かが何かを伝えようとしていたのか。
病院の夜は静かであるがゆえに、時折、異界との境界が曖昧になるのかもしれない。
それ以来、Nさんは四階の巡回時、決して窓の外を見ないようにしている。
ただ、時折視線を感じることがあるという。