Yさんは単独で山を歩くのが好きで、その日も夕暮れ前の尾根道を進んでいた。
赤く染まった空を背に、前方に不自然な光を見つけたとき足を止めた。
岩場の上に何かが立っている。
鏡のように光を返す細長い板だ。
誰かが設置したのかと思い近づいた。
しかし異様だった。
その反射には空だけが映っているのに、足元の地面も岩も映っていない。
さらに自分の姿もなかった。
どれだけ角度を変えても、Yさんはその中に存在しない。
じっと見つめていると、反射面にかすかな波紋が走った。
まるで、何かが内側から触れたように。
その瞬間、Yさんは強い寒気に襲われ後ずさった。
視線を逸らしたときには、もうそこには何もなかった。
ただ風に吹かれる岩肌があるだけ。
怖くなったYさんは、急いでそこを離れ山小屋に行き一泊した。
翌朝、同じ場所に戻ってみると、岩の表面は一帯が濡れていて、陽光を吸うように暗く光っていた。
そしてその濡れた面には、這い回った跡のような線がいくつも重なっていたという。