Tさんは夜明け頃、人気のない山を一人で登っていた。
ライトの光だけを頼りに、霧の濃い登山道を進む。
山の中腹付近に差しかかったとき、異様なものを見た。
前方の霧の中に、黒い塊がいくつもいる。最初は鹿の群れかと思ったが、足音がしない。
風もないのに揺れながら、塊はぬるりとこちらへ向かっていた。
不審に思いライトを当てた瞬間、息が詰まった。
塊の中に、無数の目のようなものが並んでいる。だがその目は光を返さない。
濁った穴がぽっかりと開いているだけのように見えた。
Tさんが立ち止まると、塊も動きを止めた。
恐怖で足を動かした瞬間、塊もゆっくりと付いてくる。
一定の距離を保ちながら、音ひとつ立てずに。
頂上へ登るのを諦めてすぐに下山する事にしたのだが、途中で振り返ってみると、霧の向こうに黒い影がついてきている。
怖くなり走り出したいが、途中で足をすべらせると余計に危ないため、早足で降りていく。
どのくらい経ったのか分からないが、やっとの事で登山口に到達し、後ろを振り返ると霧がざわりと揺れたという。