Kさんが仕事の疲れを癒やそうと、山間の古い旅館に泊まった時の事。
静かな夜、三階の部屋でひとり湯冷ましの水を飲んでいたとき、ふと窓の外に違和感を覚えた。
見るとそこに黒い人影が立っていた。
窓のすぐ外、闇の中で輪郭だけが浮かんでいる。
ここは三階。
下には足場になる場所はどこにもない。
それなのにその影は、まるで地面に立つかのような姿勢だった。
凍りついたまま、Kさんは息を潜めて見つめた。
顔は見えない。
ただ黒い形が、ゆっくりと揺れている。
やがてその影が動き始めた。
上下にふわりと揺れながら、まるで空中を歩くように、窓から離れていく。
そして、さらに上の方へと消えていった。