Sさんが友人たちと、森の中にあるペンションに泊まりに行った時の事。
到着して荷物を降ろし、チェックインを待っている時のこと。
ロビーの奥の壁際に、黒いコートを着た人影が立っているのが目に入った。
帽子を目深にかぶっているのか、顔はよく見えない。
ちょっと怪しいな…と思ったが、「スタッフかな」と思い、特に気にしない事にした。
手続きが済んで荷物を部屋に置き、友人たちと再びロビーに戻ると…まだ同じ場所に立っている。
ピクリとも動かない。
その時も「待ってる客なのかも」と軽く流した。
日中は外で遊び、夕方にペンションへ戻った。
玄関を入ってロビーを通ると…やはり同じ場所にその人影が立っていた。
ずっと同じ姿勢、同じ向き。
気味が悪くなり、Sさんは思い切ってカウンターのスタッフに聞いた。
「あの人、ずっとあそこで立ってますけど…何してるんでしょう?」
スタッフは怪訝そうに首を傾げ、Sさんの指差す方向を覗き込む。
だが次の瞬間、困ったように笑って答えた。
「どこですか?誰もいませんよ?」
え?…Sさんは目を疑った。
すぐ後ろにいた友人たちも、「あそこに立ってるだろ」と身を乗り出す。
けれど彼らの視線の先には、何もいなかった。
黒いコートの人影は、跡形もなく消えていたのだ。
全員で顔を見合わせ、ただ背筋が冷たくなるのを感じた。
さっきまで確かにそこにいたはずなのに…。
その夜、ロビーを通る時にSさんは無意識に奥を見たのだが、人影はもう現れなかった。
後日、ロビーで撮った集合写真を見返すと、ロビーの奥の壁際に黒いコートを着た人が写り込んでいたという。