Kさんは単独での登山が好きで、その日も人気の少ない山の尾根を歩いていた。
午後の光が傾き始め、稜線の向こうには岩肌が夕陽に照らされて光っている。
心地よい風に汗を乾かしながら進んでいたとき、ふと視界の端に異様なものが映った。
尾根の先、岩場の上を巨大な蛇のようなものが動いている。
だがそれは蛇にしてはあまりにも奇妙だった。
体は白く、表面は滑らかで鱗が見当たらない。
さらにその動き方が普通ではなかった。
蛇がくねって進むのではなく、直線的に、まるで一本の棒が地面を滑るように、音もなく移動している。
ぞっとして足を止め、双眼鏡を取り出して覗いてみた。
するとその白い体の途中途中に、目が並んでいるのが見えた。
小さな点のような目が、何十も規則的に。
そしてその中のひとつが確かにこちらを向いた。
双眼鏡越しに視線がぶつかった瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
次の瞬間、それは岩場の影にすっと吸い込まれるように消えていった。
風も止み、あたりは不気味なほど静まり返っている。
Kさんはしばらく呆然と立ち尽くしたが、どうしようもなく足を前に進めるしかなかった。
翌日、下山前に気になって再びその岩場へ足を運んだ。
そこには確かに何かが通った痕跡が残されていた。
地面の砂や小石が大きく擦られ、直線的な跡が続いている。
だが、蛇のようなものが這った痕とは明らかに違っていた。
まるで巨大なものが、無理やり押しつけられながら滑ったような、不自然な跡。
周囲には獣の足跡もなく、ただ削られた岩と乾いた土だけ。
「きっと誰かが、丸太をロープとかで引いてただけだ」
そう自分に言い聞かせながら尾根を離れたが、視線の奥底に今も焼きついている。