怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

ビルの隙間にいるもの

Kさんは深夜、仕事を終えてオフィス街を歩いていた。

平日の午前一時過ぎ、人気はほとんどなく、照明の落ちたビル群の間を街灯の淡い光だけが照らしている。

 

タクシーを拾おうかと思いながら歩いていたとき、不意に視線が止まった。

ビルとビルの狭い隙間━━ちょうど人一人が立てるかどうかの暗がりの中に、何かがいた。

それは人型のように見えるが、異様に細長い。

腕がだらりと垂れ、指先が地面に触れるほど伸びている。

だが頭には顔がない。

のっぺりとした輪郭だけが、黒い影の中に浮かんでいた。

奇妙なのはそれが立っているというよりも、ビルの壁に溶け込んでいるように見えたことだ。

壁から剥がれきれていない影のようで、輪郭がわずかに揺らぎ、ビルのタイルと同化したり、また浮かび上がったりしている。

Kさんはぞっとして足を止め、息をひそめた。

だが、その細長い人型は微動だにせず、ただそこに貼りついていた。

数秒か、あるいは数分だったのか。

耐えきれなくなったKさんは小走りでその場を離れ、家に着いたときには全身に冷や汗をかいていた。

 

翌日、気になってたKさんは、昼休憩の時に同じ道を通ってみた。

夜と違い、人通りもあるため恐怖は薄れていたが、やはりあの隙間を確かめずにはいられなかった。

近づいてみると、ビルの壁に妙な跡が残っていた。

人の手のような跡がいくつも、コンクリートに浮き出るようについている。

まるで壁の中から押しつけたように、五本の指が鮮明に並んでいた。

 

ただの汚れかとも思ったが、触れてみるとざらりとした感触があり、確かに凹凸があった。

Kさんは慌ててその場を離れたが、それ以来、夜のオフィス街を一人で歩くことはやめたという。

あの隙間には、いまも貼りついたままの誰かが潜んでいるのかもしれない。