Mさんがそのものを見たのは、終電間際の地下鉄ホームだった。
深夜零時を回り、帰宅を急ぐ人影もまばら。
構内には電光掲示板の明かりと、換気口から流れる低い風の音だけが漂っていた。
ふと視線を向けた反対側の線路上、そこに黒いものが立っていた。
四足のシルエット。
最初は野良犬かと思ったが、明らかに違っていた。
首が異様に長く、くねりながら高く持ち上がり、顔の位置には目が横一列に並んでいる。
数は五つ、いや六つあったか。
それらは同時にぎょろりと動き、こちらを見ていた。
Mさんは硬直した。周りの人は誰も気づいていない。
スマホを構えて画面を覗いてみると、レンズ越しにその黒い影がはっきり映っていた。
だが肉眼で見るよりも奇怪だった。
目が画面の中で瞬きをし、首が揺れている。
Mさんは指が震えていた事もあり、カメラのシャッターをタッチしてしまった。
そのとき、ホームに終電のアナウンスが響いた。
電車がトンネルの奥からライトを照らして近づいてくる。
すると、黒いものはゆっくりと線路に沈んでいった。
影が水に沈むようにすうっと姿を消し、そこには何も残っていなかった。
電車が通過してホームに停まる。
人々が乗り降りしても、誰ひとり異変に気づいた様子はない。
Mさんだけが、全身に冷たい汗をかきながら立ち尽くしていた。
帰宅後、恐る恐るスマホを確認した。
やはり偶然撮った写真にそれは写っていた。
だが問題は、写真の中の黒いものがホームの線路に立っているのではなく、反対側に置いてある鏡だ。
カメラを構えていた自分のすぐ後ろ━━背後の暗がりに、何かがじっと潜んでいたことだった。
Mさんはそれから、乗車口を変えたという。