怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

地下鉄の反対側の黒いもの

Mさんがそのものを見たのは、終電間際の地下鉄ホームだった。

 

深夜零時を回り、帰宅を急ぐ人影もまばら。

構内には電光掲示板の明かりと、換気口から流れる低い風の音だけが漂っていた。

ふと視線を向けた反対側の線路上、そこに黒いものが立っていた。

四足のシルエット。

最初は野良犬かと思ったが、明らかに違っていた。

首が異様に長く、くねりながら高く持ち上がり、顔の位置には目が横一列に並んでいる。

数は五つ、いや六つあったか。

それらは同時にぎょろりと動き、こちらを見ていた。

Mさんは硬直した。周りの人は誰も気づいていない。

スマホを構えて画面を覗いてみると、レンズ越しにその黒い影がはっきり映っていた。

だが肉眼で見るよりも奇怪だった。

目が画面の中で瞬きをし、首が揺れている。

Mさんは指が震えていた事もあり、カメラのシャッターをタッチしてしまった。

 

そのとき、ホームに終電のアナウンスが響いた。

電車がトンネルの奥からライトを照らして近づいてくる。

すると、黒いものはゆっくりと線路に沈んでいった。

影が水に沈むようにすうっと姿を消し、そこには何も残っていなかった。

電車が通過してホームに停まる。

人々が乗り降りしても、誰ひとり異変に気づいた様子はない。

Mさんだけが、全身に冷たい汗をかきながら立ち尽くしていた。

 

帰宅後、恐る恐るスマホを確認した。

やはり偶然撮った写真にそれは写っていた。

だが問題は、写真の中の黒いものがホームの線路に立っているのではなく、反対側に置いてある鏡だ。

カメラを構えていた自分のすぐ後ろ━━背後の暗がりに、何かがじっと潜んでいたことだった。

 

Mさんはそれから、乗車口を変えたという。