Yさんはその晩、最寄り駅からの帰り道を少し近道しようと、公園を横切ることにした。
時間はすでに二十三時を回り、街灯の光もまばらで、公園内は半ば闇に沈んでいた。
普段は昼間に子供たちの声が響く場所だが、夜はまるで異界のようにひっそりとしている。
砂利道を歩きながらふと木立の奥を見たとき、Yさんは立ち止まった。
そこに鹿のようなものがいた。
四足で静かに立ち尽くしているのだが、よく見ると異様だった。
角は枝のように細かく分かれ、先端には新芽のような小さな葉までついている。
体表は茶色ではなく、まるで木の皮のような質感で覆われており、地面と溶け合っているかのようだった。
だが、最もおかしかったのは目だった。
暗がりの中で白濁しており、獣のものではなく、どこか人間のような視線をしている。
その目がじっとYさんを追っていた。
足がすくみ、声も出せずにしばらく睨み合いのような状態が続いた。
やがて木の葉が風で揺れた瞬間、その鹿のようなものの姿は消えていた。
Yさんはそのまま駆け足で公園を抜け、自宅まで振り返ることもできなかった。
翌朝、気になって同じ場所に行ってみると、そこだけ下草が押し潰されたようになっていた。
しかし、不思議なことに足跡はひとつもなかった。
草が寝ているのに、踏み込んだ痕跡がない。
Yさんは二度と夜にその公園を通ろうとは思わなかった。