怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

コートの中の顔

Sさんがその奇妙な存在と出会ったのは、冬の夜の駅前だった。

仕事を終えて電車を降り、改札を抜けたとき、広場には冷たい風が吹き抜け人影もまばらになっていた。

街灯の下を足早に歩いていたその瞬間、誰かと肩がかすめた。

 

厚手のロングコートを着た背の高い人物だった。

すれ違いざま、コートの前合わせの隙間から顔のようなものが見えた。

だが、その位置が明らかにおかしい。

胸の高さにぎょろりとした二つの目。

さらに腰のあたりに大きく裂けた口があり、歯の並びが街灯に照らされてぎらりと光った。

鼻は見えない。

ただ裂け目のような口がかすかに動き、低い呼吸音のようなものが聞こえた気がした。

思わず立ち止まり振り返った。

その人物はゆっくりと歩き、駅前の壁際に向かっていた。

そして次の瞬間…まるで水に沈むように、その人影は壁に溶け込み、すうっと姿を消した。

 

そこには、ただ冷たいコンクリートの壁が残るだけだった。

行き交う人々は誰も気に留める様子がない。

まるで最初から誰もいなかったかのように。

動揺したSさんは足早に家へ向かったが、どうしてもその顔の配置が頭から離れなかった。

人間の形をしていながら、人間ではない何か。

それが駅前の雑踏に紛れて、誰かのすぐ隣を歩いているのではないだろうか。