Sさんがその奇妙な存在と出会ったのは、冬の夜の駅前だった。
仕事を終えて電車を降り、改札を抜けたとき、広場には冷たい風が吹き抜け人影もまばらになっていた。
街灯の下を足早に歩いていたその瞬間、誰かと肩がかすめた。
厚手のロングコートを着た背の高い人物だった。
すれ違いざま、コートの前合わせの隙間から顔のようなものが見えた。
だが、その位置が明らかにおかしい。
胸の高さにぎょろりとした二つの目。
さらに腰のあたりに大きく裂けた口があり、歯の並びが街灯に照らされてぎらりと光った。
鼻は見えない。
ただ裂け目のような口がかすかに動き、低い呼吸音のようなものが聞こえた気がした。
思わず立ち止まり振り返った。
その人物はゆっくりと歩き、駅前の壁際に向かっていた。
そして次の瞬間…まるで水に沈むように、その人影は壁に溶け込み、すうっと姿を消した。
そこには、ただ冷たいコンクリートの壁が残るだけだった。
行き交う人々は誰も気に留める様子がない。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
動揺したSさんは足早に家へ向かったが、どうしてもその顔の配置が頭から離れなかった。
人間の形をしていながら、人間ではない何か。
それが駅前の雑踏に紛れて、誰かのすぐ隣を歩いているのではないだろうか。