
これは大学生のTさんから聞いた話。
Tさんは探検サークルに所属しており、仲間数人と山奥の古道を歩いていた。
観光客が訪れるような整備された道ではなく、地図にもほとんど記載がない廃れた道だった。
日が傾き始めるとあたりは急に薄暗くなり、気づけば道を見失っていた。
どうにか抜け道を探して彷徨っていると、不意に目の前に開けた場所が現れた。
そこには古い集落の跡があった。
だが意外なことに、家々のいくつかはまだ新しさを残していて、廃墟というより「最近まで人が住んでいた」ような気配すら漂っていた。
日も暮れかけていたので、Tさんたちは「今夜はこの辺りで一晩を過ごすか」と相談しながら、雨風をしのげそうな建物を探して歩き回った。
そのときだ。
視界の端を何かが横切った。
家と家の隙間から覗いたのは影だった。
人影に見えたが背丈は妙に高く、手足が不自然に細長い。
しかも動き方が人間とは思えないほどぎこちなく、まるで操り人形のようにカクカクと動いていた。
心臓が跳ね上がったが、仲間の一人が小声で「見なかったことにしよう」と言い、皆もそれに従った。
視線を合わせてはいけない、そんな直感があったのだ。
しかし、歩みを進めるごとに、その影は増えていった。
最初は一つだけだったはずが、気づけば二つ、三つと現れ、建物の角や窓越しに覗き込むように佇んでいる。
そしてやがて、無言のまま彼らを囲むように位置を変えていった。
背筋を冷たいものが這い、誰かが耐え切れずに駆け出した。
それを合図に、全員が無我夢中で集落を後にした。
どれだけ走ったのかは覚えていない。
ただ、集落が見えなくなったあたりでやっと足を止め、震える声で互いに「テントを張ろう」と決めたのだという。
その夜は、木々に囲まれた狭いスペースにテントを張り、怯えながら夜を明かした。
幸いそれ以上異形の影に遭遇することはなかったが、あの集落跡が地図に載っていない理由を思うと、今も背筋が冷たくなる…とTさんは語っていた。