
これは山で測量士として働く、Yさんから聞いた話。
Yさんの仕事は、一人で山中を歩き回りながら計測を行うことが多く、誰もいない山の奥で過ごす時間にも慣れていた。
その日もいつものように機材を担ぎ、急な斜面を越えて作業をしていた。
午後になると空はどんよりと曇り始め、山全体がうっすらと暗く沈んでいった。
そんな中で、ふと視界の隅に人影のようなものが映った。
はっきりとは見えない。
目を向ければ木々の間に溶け込むように消えてしまう。
Yさんは「気のせいだろう」と思い直し、測量を続けた。
だがしばらくするとまた別の方向に、同じ影が立っている気配を感じた。
確かにこちらを見ているように思えたが、目を凝らした瞬間には消えてしまう。
繰り返すうちに、ただの錯覚ではないように思えてきた。
さらに妙なことに、その影は次第にYさんの行動を先回りするようになっていった。
少し離れた場所に三脚を置き、次に取りに行こうとしたとき、その器具の前に黒い影が立っているのがはっきり見えたのだ。
背筋が凍りつく。
Yさんは道具を取り戻す気には到底なれず、荷物の一部を置き去りにしたまま必死に駆け下りたという。
当然上司に「何を考えているんだ」ときつく叱られた。
翌日、同僚と一緒に同じ場所へ戻ったが、その影は現れなかった。
しかしYさんはどこか残念そうに「やっぱり一人じゃないと出ないんだな」と言った。