
夜間の警備員をしているKさんが体験した話。
Kさんが担当していたのは、都心にある古いオフィスビルだった。
築年数がかなり経っていて、昼間でも薄暗い場所が多い。
そのため深夜の巡回は、慣れていてもどこか不気味さを感じるものだった。
ある晩、巡回ルートの一つである倉庫に入った時のこと。
そこは天井まで届くような高さのスチール棚が並び、バインダーや古い書類の入った段ボールが、隙間なく詰め込まれていた。
薄暗い蛍光灯の下、埃っぽい空気が漂っていた。
棚の間を歩き奥へ進んだ時だった。
ふと見上げると、一番上の棚の奥に何かがあるのに気が付いた。
最初は置かれた箱の影かと思ったのだが、よく見るとそれは顔のように見えたのだ。
それは人間の顔のようでもあり、動物の顔のようでもある。
だが、はっきりとは判別できない。
目や口の位置があるように見えても、次の瞬間にはただの濃い影にしか見えない。
視線を逸らすたびに顔に見えたり、影に見えたりを繰り返す。
「気のせいだ」と自分に言い聞かせながらも、Kさんは思わず立ち止まった。
じっと見ているとその顔は少しずつ淡くなり、輪郭を失っていった。
そして最後には、まるで霧が溶けるように棚の影の中へ消えていった。
ぞっとしたKさんは倉庫を飛び出したい衝動に駆られたが、仕事柄そうもいかない。
巡回を続けなければならなかった。
だがその後も、背中に冷たい視線を浴びているような感覚が消えなかった。
倉庫から離れても、どこか遠くからじっと見つめられている気配がまとわりついてくる。
巡回を終えようやく控室に戻った時、初めて肩の力が抜けたという。
以降もKさんはそのビルの警備を続けていたが、あの倉庫に入るたびに、無意識に棚の上を見上げてしまう自分に気付くのだそうだ。