
研究施設で事務員として働いていた、Aさんの体験談。
ある日、突然辞職した同期のEさんのデスク整理を任された。
理由ははっきりと知らされなかったが、Eさんはここ数か月、明らかに様子がおかしく、周囲との会話も減り、独り言のようにぶつぶつ呟く姿を何度も見かけられていた。
Aさんは気乗りしないままEさんのデスクを片付けていた。
その時、机の上に古びた大学ノートが一冊置かれているのを見つけた。
表紙は擦り切れ、角は折れ曲がっていた。
中をめくると、前半は通常の業務に関するメモや、数字の羅列、研究員からの伝言などがびっしりと書かれていた。
だが後半に進むにつれ様子が一変した。
ページいっぱいに幾何学模様のような図形が描かれ、ところどころに見たことのない奇妙な文字が混ざっている。
規則的なようで不規則、何かを示しているようで、まったく意味がわからない。
図形の中には、中心に小さな黒点を持つものが多く、それがやけに気味悪く思えた。
不快なざわめきを感じたAさんは、深く考えずにノートを引き出しの中へ押し込み、その日の整理を終えた。
数日後、ふとEさんのノートを思い出し、もう一度確認してみようと引き出しを開けた。
だがそこには何もなかった。
おかしいと思い机の下を覗き込むと、床に煤のような黒い染みが残されていた。
それはまるでノートと同じ大きさ、長方形の輪郭を描くようにくっきりと跡を残していた。
触れてみても拭いてみても取れず、ただ黒く染まったままだった。
Aさんは誰にもこのことを話さず、机の整理も他人に任せた。
Eさんが辞めた理由は今もわからない。
けれど、その後も同じデスクの周辺にいると、不意に紙を擦る音や、鉛筆で何かを書きつけるような気配を感じることがあるのだという。