
これは大学生のMさんと、その友人たちが夏休みに体験した話である。
三人は登山サークルに所属しており、比較的マイナーな山域を縦走する計画を立てていた。
二日目、予定していたルートを進むうちに、ふと地図には載っていない古道を見つける。
そこからなら尾根をショートカットできるかもしれないと考え、迷いながらも進むことにした。
やがて道は急に開け、目の前に小さな社が現れる。
苔むした石段と古びた鳥居が、その場だけ時間を止めたかのように佇んでいた。
三人は軽い気持ちで鳥居をくぐり、そのまま奥へと進んだ。
だが、一歩踏み入れた瞬間から空気が変わった。
周囲の木々はどれも不自然に白く、幹は細い。
それらの枝は、風もないのにかすかに揺れている。
耳を澄ませても鳥の声ひとつ聞こえない。
見上げた尾根の稜線は、まるで油絵の具を塗りたくったように歪んで、揺らめいていた。
Mさんは背筋に冷たいものを感じ、ここは自分たちの知る山ではないと直感する。
するとKさんが、木々の間に何かが立っているのを見つけてしまった。
それは白い塊のようで、人間の形をしているようにも見える。
しかし、腕や足、顔といった輪郭はどこか曖昧で、まるで光そのものが人型を成しているかのようだった。
Mさんが思わず瞬きをした瞬間、その塊はありえない速度で滑るようにこちらへ近づき始めた。
地面を踏むでもなく、空気を切る音もなく、ただ無音のまま異様な速さで迫ってくる。
三人は我に返り、一目散に引き返した。
鳥居を抜けて元の踏み跡に飛び出した瞬間、背後の空気がふっと軽くなる。
振り返ると先ほどの社と鳥居、そして白い木々が跡形もなく消えていた。
息を切らしながら尾根に戻った三人は、誰も口を開けなかった。
ただ共通していたのは、「あのまま立ち尽くしていたら戻れなかった」という、確信にも似た恐怖だった。