怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

霧の中の案内人

これは登山愛好家のYさんが体験した話である。

 

会社勤めの傍ら、一人で山を歩くのが趣味だったYさんは、その日、地元に新しく整備された低山の登山道を試そうと、早朝から山に入った。

空模様は悪くなかったが、山に足を踏み入れて間もなく、どこからともなく深い霧が立ち込めてきた。

視界はあっという間に白に閉ざされ、足元の道さえ心許なくなる。

頼りの登山道のマーカーも見失い、Yさんは胸の内に不安を覚え始めた。

 

そのときだった。

霧の奥に人影が浮かび上がったのだ。

小柄な体つきで、古びた山仕事の服を身につけているように見える。

その人物を仮にAさんと呼ぼう。

Aさんは無言のまま片手を上げ、ある方向を指し示していた。

遭難しかけたところを助けられたのかもしれない…そう思ったYさんは、その指差す方へと歩を進めた。

だが、歩くにつれ道は荒れ、踏み跡もおぼつかなくなっていく。

嫌な予感を覚えたYさんが振り返ると、Aさんはまだ同じ場所に立っていた。

霧が顔を隠しているのに、不思議と「見つめられている」感覚だけは強烈に伝わってくる。

そして気づいた。

Aさんの立つ場所に足場がない。

膝から下が、霧に溶け込むように消えていたのだ。

血の気が引いたYさんは反射的に立ち止まり、身動きが取れなくなる。

するとAさんはまた腕を持ち上げ、今度は別の方向をゆっくりと指差した。

だがそこも、どこか異様な気配が漂っていた。

進めば命を落とす…Yさんは直感し、その場にしゃがみこんで目をつぶった。

 

どのくらい経っただろう。

恐る恐る目を開けると、霧はすっかり晴れていた。

安堵の息をつきながら先ほどAさんの立っていた場所を見やると、そこは切り立った崖だった。

そしてAさんが指し示していた先もまた、深い谷へと続いていた。

 

もし言われるがままに進んでいたら、確実に足を踏み外していただろう。

Yさんは背筋を冷たい汗が流れるのを感じながら、山を下りた。