
大学生のKさんが通学でよく使っていたのは、田んぼの間を抜ける細いあぜ道だった。
自転車なら十分通れる道なのだが、人影はほとんどない。
季節の変わり目には農家の人が草を刈り、すっきりとした景色の中を走れる。
特に秋分の日が近づく頃、その道は鮮やかな赤に染まる。
彼岸花が一斉に咲き乱れるからだ。
その日もKさんは、朝の通学路をいつものように自転車で進んでいた。
両脇に咲く真っ赤な花々が、道を挟んでずっと続いている。
その赤は目に刺さるほど濃く、ふと視線を向けた瞬間、Kさんは息を止めた。
花の群生の真ん中あたりに、赤く染まった霧のような人影のようなものが立っていたのだ。
輪郭は曖昧で、ただじっとそこにある。
動かず、揺れず。
Kさんは背筋を冷たくし、自転車のペダルを必死に踏み込んで通り過ぎた。
次の日も同じ時間、同じ場所を通った。
やはり影はそこに立っていた。
赤い花の中に赤い影。
三日目も同じだった。
さすがに気味が悪くなり、Kさんは「見なかったことにしよう」と思って視線を逸らして走り抜けた。
数日後、雨の日の朝だった。
霧雨に濡れた彼岸花は重たげに首を垂れ、その赤も少し鈍んで見えた。
けれども、あの影だけは変わらず、花の中に立っていた。
雨に煙り、いつもより薄れて見えたその輪郭を、Kさんは思わず凝視してしまった。
それは子供の形をしていた。
頭の丸み、細い肩、短い手足。
確かに人の形をして、こちらの方を向いて立っていた。
顔は霧のようにぼやけていて、見てはいけないものを見た気がして、Kさんは心臓が跳ね上がるほどの恐怖を覚えた。
その日を境にその道を使うのをやめ、少し遠回りでも別の道を選ぶようになった。
今でも秋になると、あの田んぼ道には赤い花が咲き乱れるという。
だが、あの影が今年も立っているかどうかは、もう確かめる気はないのだそうだ。