
Tさんは一人暮らしを始めて数ヶ月、生活にも慣れてきた頃だった。
深夜、寝静まったアパートの中で、ある奇妙な音に気づいた。
ガタガタ、ゴウンゴウン…。
洗濯機が回っている音だった。
しかし電源は切ってあるし、そもそも夜中に洗濯する習慣はない。
最初は隣室の音だと思い込もうとしたが、耳を澄ませば、自分の部屋の洗濯機から鳴っているのは明らかだった。
翌朝確認すると、洗濯機の中は空っぽ。
異常はなく、ただ静かに置かれているだけだった。
「気のせいだろう」そう言い聞かせて日々を過ごしたが、音は決まって午前二時になると繰り返された。
ある夜、恐る恐る洗濯機の蓋を開けてみると、中に見覚えのない服が入っていた。
白いシャツに黒いズボン。
新品のように清潔だが、どこか古臭いデザイン。
タグには丁寧な刺繍で「Tさんへ」と記されていた。
ゾクリとしながらも、それを取り出して捨てる勇気は出なかった。
翌日、スマートフォンのフォルダを開いたTさんは息をのんだ。
そこには自分の部屋で、その見覚えのない服を着た自分自身の写真が保存されていた。
撮影日時は昨夜の二時ちょうど。
カメラアプリの履歴を辿っても、シャッターを切った記録はない。
日を追うごとにその写真は増えていった。
しかも映る自分は次第に変化していた。
表情は無表情で、姿勢も硬直している。
背景の部屋は同じなのに、細かい配置が微妙に違っている。
棚の上の本の並び方、机の上に置かれたペンの色━━どれも現実の部屋とは一致しない。
Tさんは恐怖のあまり、午前二時を待たずに外に出るようになった。
だがある日、帰宅すると洗濯機の蓋が開いていた。
中には新たな服が入っている。
今度は自分が普段着ているものとまったく同じ服。
しかしタグには変わらず「Tさんへ」と縫い込まれていた。
スマートフォンを見るのが怖くなり、画面を伏せたまま眠った。
翌朝、意を決して確認すると、そこには「洗濯機の前に立つ自分」の写真があった。
だがその背景は、見慣れた部屋ではなかった。
壁の色が違う。窓の位置も違う。
まるで知らない部屋で、別の自分がこちらを見返しているように写っていた。