
ネットで知り合ったSさんから聞いた話。
彼は数年前、地方で中古の一軒家を購入したことがあるという。
築年数は古いが柱や床はしっかりしていて、価格も手頃だった。
内見のときも特に気になる点はなく、すぐに契約を決めたそうだ。
しかし引っ越し後、奇妙なことに気づいた。
押し入れの下段の板が、外れるようになっていたのだ。
最初は「ただの収納の工夫だろう」と思ったが、板を持ち上げてみると暗い穴が口を開けていた。
その奥には地下へと続く木の階段が伸びていた。
当然間取り図にはそんなものは載っていない。
「え、なんだこれ?」興味を抑えきれず、懐中電灯を片手に階段を降りていった。
階段を降り切ったところに、一枚の古い木のドアがあった。
表面には色褪せた御札のような紙が何枚も貼られている。
掠れた文字は読めなかったが、長い年月を経ても剥がれずに残っていた。
ためらいながらも一枚を指で触れた瞬間、紙は乾いた音を立てて崩れ落ちた。
思わず身を引いたが、残りの札も自然と剥がれ床に散っていった。
仕方なくドアを押すと、ギィーという軋んだ音を響かせながら開いた。
そこには四畳ほどの小さな部屋があった。
壁は土のようなものでできており、黒ずんで湿っている。
天井は低く、空気はひんやりしていた。
部屋の中央には古びたちゃぶ台が置かれているだけで、他には何もない。
窓もなく外界と繋がっている気配がなかった。
夏だというのに部屋の中は異様に寒い。
地下だから冷えるのだろうと自分に言い聞かせ、すぐに階段を引き返した。
それからというもの、Sさんは奇妙な夢を見るようになった。
夢の中で自分はあの部屋に座っている。
ちゃぶ台の向かいには、髪の長い女性が黙って座っている。
顔は影になって見えない。
彼女は一言も発さず、ただじっとこちらを見ているようだ。
さらに現実でも夜中にふと目を覚ますと、床下からギィ、ギィ、と足音が聞こえることがあった。
まるで階段を一段ずつ上がってくるような音。
しかし押し入れを確認しても階段の板は閉じられたまま、何の異常もなかったそうだ。
「怖くなかったんですか?」
と私が聞いてみると、Sさんは笑って首を振った。
「夢の中の話だから。それに足音も家鳴りみたいなものでしょう」
と言った。
今その部屋はどうなってるのか聞いてみたところ、もうそこには住んでないとの事だった。
理由は、湿気の関係か分からないが、日を追う事に黒いカビのようなものが、地下へと続く階段の壁に現れた。
数日後には、押入れの中までそのカビが出てきてしまったという。
その事を不動産屋に言ったところ、一悶着あったらしいが、結局は不動産屋のミスという事で収まったとの事だった。