
Mさんが中学生の頃の話。
夏休みのある夜、友人たちがMさんの家に泊まりに来ていた。
昼間から賑やかに遊んでいたが、夜になると自然と怪談話になった。
その時、Mさんの地元には、「深夜の参道に狐火が現れる」という古い噂があったのを誰かが思い出した。
「じゃあ、見に行ってみようぜ!」親が寝静まった深夜一時、懐中電灯を片手にMさんたちは家を抜け出した。
夏の夜気は蒸し暑く、虫の声が途切れなく響く。
神社の参道は、昼間でも人通りが少ない場所だった。
石段を登っていると、友人の一人が小さく叫んだ。
「…おい、あれ見ろ!」
木々の間に青白い光がふわりと浮かんでいた。
狐火だった。
火の玉はゆらゆらと漂いながら、まるでこちらを誘うかのように参道を進んでいく。
「なんだあれ!?」
「すげえ、本物だ!」
驚きと興奮で胸が高鳴る。
怖さよりも好奇心が勝ち、全員でその光を追いかけた。
やがて狐火は鳥居をくぐり、境内の奥へと進む。
そこには見覚えのない小さな社があった。
普段参拝する本殿の横には、そんな建物は存在しないはずだ。
狐火は迷いなく社の中へと吸い込まれていった。
白木の扉の隙間から青白い光がこぼれる。
思わず足を止めた次の瞬間、社全体が淡く揺らめきながら、スーッと闇に溶けるように消えてしまった。
目の前にはただ草むらと石畳が残っているだけ。
社も狐火も跡形もなかった。
「…え?今のどこいったんだ?」
誰も答えられず、互いに顔を見合わせるだけだった。
恐怖がじわじわと広がり、その夜は急いで参道を駆け下りた。
翌日、勇気を出してもう一度神社へ行ってみたが、昨日見たはずの社はどこにもなかった。
周辺を探してもそれらしい痕跡は何一つ見つからない。
深夜、自分たちが見た狐火と社は本当に存在したのだろうか。
Mさんは今でも夏の虫の声を聞くと、ふいにあの青白い光を思い出すという。