
地元の古い神社で、長く務めていた元禰宜さんから聞いた話。
社務所には年代物の木机があり、その引き出しの奥には小さな木箱が収められている。
パッチン錠が付けられているのだが、神社の一部の人しか中を見たことがない。
引き出しの鍵は代々神主に引き継がれているらしいが、箱を開けることは決してないという。
ところが不思議なことに、年に一度、その箱が勝手に開いていることがあるのだ。
ある年の夏の夜、禰宜だったRさんは社務所に泊まり込んでいた。
午前二時頃、境内の方から「じゃり、じゃり…」と砂利を踏む音がした。
こんな時間に参拝者などいるはずもない。
驚いて戸口から覗くと、人影はどこにも見えなかった。
翌朝境内を見回ると、本殿へと続く砂利道に人の足跡が一対だけ残っていた。
鳥居の前でぴたりと途切れ、その先には続いていない。
嫌な予感がして社務所へ戻り、引き出しを開けると木箱の錠が外れていた。
蓋は簡単に持ち上げる事が出来るが、どうしても手を伸ばす気にはならなかったという。
不思議なことに、その箱は翌日になると必ず元通り閉まっている。
錠もきちんとかけられた状態に戻るのだ。
「何が入っているのか、私も知らんのですよ」
そう語ったRさんの顔は冗談めかして笑ってはいたが、どこか本気で恐れているようでもあった。
今でもその神社では、箱に触れる者は誰もいない。
ただ年に一度、砂利を踏む足音が聞こえるたびに、人知れず「今年も来たか」と息を呑むのだという。