
大学生のTさんから聞いた話。
Tさんは人の住んでいない山奥の別荘で、短期の住み込み管理人をしていた。
仕事は主に、荒れた庭の手入れと別荘の清掃。
周りには何もないため、夜は真っ暗で、音がするとしたら野鳥の鳴き声か、どこかで動く動物の気配くらいだった。
別荘は二階建てで、Tさんは一階の物置を改築した部屋で寝起きしていた。
その部屋には窓が一つあり、防犯のためいつも厚いカーテンを閉めていた。
ある夜のこと。
Tさんは疲れて眠っていたが、ふと部屋の隅に置いた目覚まし時計の音で目を覚ました。
朝かと思って時刻を見ると、まだ午前三時を少し過ぎた頃。
なぜ目覚ましが鳴ったのかは分からなかった。
Tさんは枕元の電気をつけず、ぼんやりと天井を見つめていた。
その時、部屋の空気が急に重くなったのを感じた。
視線は自然と、窓にかけられた分厚いカーテンへと引き寄せられていった。
繊維の隙間から微かな光が漏れている。
その光が規則正しく、ゆっくりと遮られてはまた現れる。
まるで、誰かが窓の外を行ったり来たりしているような動きだった。
別荘の周囲には柵があり、夜に人が入ってくることはあり得ない。
動物にしては、あまりにもゆっくりすぎた。
Tさんは心臓の鼓動を抑えながら、静かに布団を被った。
だがその直後、窓の外の動きがぴたりと止まった。
音も気配も途絶えた。
恐る恐る布団の隙間から顔を出すと、カーテンのちょうど自分の顔の高さあたりで、生地が外側から押されているのが見えた。
その押しつけられた形は、明確に丸い顔の輪郭を描いていた。
顔は微動だにせず、ただそこに張りついたまま数分が過ぎた。
Tさんは息を殺し、ひたすらその場に身を縮めていた。
やがて、押しつけられていた顔がゆっくりと離れた。
Tさんは安堵の息をつきかけたその瞬間だった。
カーテンの真ん中。
きっちり閉めていたはずの布と布の間に、わずかな縦の線が開いた。
その向こうがぼんやりと白く光っている。
白い光の線は音もなく、じりじりと、ほんの数ミリだけ横に広がった。
広がった隙間の向こうに、Tさんの目線と同じ高さから、何かが覗き込んでいるのが見えた。
それは人ではなかった。
暗闇の中で輪郭は分からなかったが、白く無機質な目がじっとこちらを見つめていた。
その視線の圧にTさんは動くこともできず、ただ朝が来るのを祈るしかなかった。
━━朝になって、Tさんはすぐに別荘を飛び出した。
そのまま契約を破棄し、逃げ帰ったという。