
この話は、Yさんがある神主さんから直接聞いたという出来事。
ある年の夏の終わり、神社にひと組の夫婦がやって来た。
二人は見るからに疲れ切った様子で、互いにほとんど言葉を交わさなかったという。
夫が両手で抱えていたのは、古びた木の箱。
神主が声をかけると、妻のほうがぽつりと「これを、燃やしてほしいんです」とだけ言った。
事情を尋ねても二人は首を横に振るばかりで、何も語ろうとしなかった。
ただ、「どうか開けるときは気をつけてください」とだけ言い残した。
神主が箱の蓋をゆっくり開けると、中には真っ白な塩がぎっしりと敷き詰められていた。
塩は湿気もなく、まるでつい先ほど盛られたように新しい。
その中央に、手のひらほどの木彫りの仏像が一体、正座するように置かれていた。
顔立ちはどこか歪み、右の頬だけが焼け焦げたように黒ずんでいる。
神主は直感的に「普通のものではない」と感じたが、依頼を受けた以上、神事として焚き上げを行うことにした。
その夜、境内の奥にある焚き上げ場で火を起こした。
炎が安定したところで、木箱ごと仏像を火の中へ入れた。
その瞬間だった。
吹いていた風がぴたりと止み、あたりの木々が一斉に動きをやめた。
空気が張り詰め、夜の虫の声さえ聞こえなくなる。
するとどこからともなく、澄んだ鈴の音が一度だけ鳴った。
まるで誰かが合図を送るかのように。
神主は思わず手を合わせた。
そのまましばらく見つめていると、炎はやがて弱まり、煙がゆらゆらと空へ昇っていった。
火が消えたあと灰の中を覗いてみると、仏像は黒く焦げ、真ん中から綺麗に二つに割れていた。
神主は今でも、その時の鈴の音が耳から離れないのだという。
「塩は清めのものだけど、あれは封じるために使われていたんだと思いますよ」と、どこか遠くを見つめながらYさんに語ったという。