Nさんが友人とドライブ中に体験した出来事。
季節は晩夏、夕方の陽が傾きはじめたころ。
山のふもとの道を走っていると、古びた標識に「この先通行止め」と書かれた林道の入口が見えた。
錆びたゲートが半分開いたままになっており、草がアスファルトの割れ目から伸びている。
Nさんは「少しだけ行ってみよう」と友人を誘い、車を降りて歩きはじめた。
風のない山の中はひどく静かだった。
遠くで鳥の声が一度だけ聞こえ、あとは靴底が枯れ葉を踏む音だけが響く。
林道は緩やかに曲がり、奥へ進むにつれて木々が頭上を覆い、光がほとんど届かなくなった。
数分歩いたとき、友人がふと立ち止まった。
「なあ、あれ見える?」
指さす先、木々の間に何かが赤く光っていた。
夕日の反射かと思ったが、光の角度が違う。
幹の隙間から見えるのは、小さな三角形の屋根のようなものだった。
「こんなところに建物なんてあったか?」
興味に駆られ、二人は林をかき分けながら近づいた。
だが木の陰を抜けた瞬間、Nさんは言葉を失った。
それは建物ではなかった。
木の枝や蔓が絡み合う中に、巨大な赤い塊があった。
形は不定形で、表面はぬめりを帯びたように光り、どこか生き物の肌のようにも見える。
まるで森の中に、大きな生き物の何かが埋まっているかのようだった。
次の瞬間、その赤い塊がゆっくりと膨らんだ。
空気を吸い込むように膨らみ、そして沈む。
明らかに呼吸していた。
「…な、なんだこれ…?」
Nさんの声は震えていた。
すると隣で、友人がスマホを取り出した。
「撮っとこうぜ、証拠になるかも」
スマホを向けた瞬間、枝の一部が音もなく動いた。
そして吸い込まれるように、赤い塊は枝の隙間にすうっと消えていった。
二人は呆然と立ち尽くした。
今見たものが現実だったのか幻だったのか、先程の赤い塊はもうどこにもなかった。
数秒の沈黙のあと、二人は我に返り駆け出した。
乾いた枝を踏み折る音と、荒い息づかいだけが響いた。
車に戻ったときには空はすでに暗く、虫の声だけが聞こえている。
車に乗り込む前に振り返ってみたが、赤い塊は見えなかった。