怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

N県・霧が深い森の灯り

KさんがN県の山中を走っていた時の体験。

 

その日は仕事の関係で、山を越えた先の町まで車で移動していた。

予定よりも遅くなり、峠に差し掛かる頃には夜になっていた。

霧が出始めたのは、ちょうど山の中腹を走っている時だった。

街灯はなく車のヘッドライトだけが頼り。

霧が濃くなるにつれ、ライトの光が白く散って前が見えづらい。

それでもゆっくりと進んでいると、カーブの先に淡い光が見えた。

最初は対向車かと思ったが、ライトの位置が車とは違う。

しかも光は一点ではなく、柔らかく周囲を照らすように広がっている。

懐中電灯のような直線的な明かりではない。

提灯かランタンのような光だった。

人が歩いているのだろうか。

だがこの時間に、しかもこんな山奥で人影を見たことなどない。

Kさんは速度を緩め、慎重にカーブへ近づいていった。

 

ところが、距離があと少しというところでその灯りがふっと消えた。

まるでスイッチを切ったように、光は跡形もなく闇に溶けた。

不思議に思ったKさんは車を路肩に寄せて停め、懐中電灯を手に車を降りた。

霧の中は音一つない。

虫の声も風の音もなく、ただしんと静まり返っている。

自分の靴音だけが土を踏む音を立て、霧の中に吸い込まれていく。

 

光が見えたあたりを照らすと、そこはちょうど森の入口になっていた。

黒く湿った木々が立ち並び、霧が枝の間を流れている。

足元には人の通ったような細い獣道があった。

Kさんはその先をライトで照らした。

…その瞬間、息を呑んだ。

霧の向こうを大きな黒い影が横切ったのだ。

それは犬よりもずっと大きく、狐のような長い尾を持っていた。

黒い毛並みが霧の光に鈍く光り、すぐに森の奥へと消えていった。

まるで霧そのものをまとっているような動きだったという。

 

Kさんは全身の毛が逆立つのを感じた。

こんな山奥であんな大きな動物がいるだろうか。

熊ではない。

足音もなく地を滑るように動いていたのだ。

 

恐怖に駆られ急いで車に戻ると、ドアを閉めた瞬間、窓の外で何かが動いた気配がした。

霧の中、ライトに照らされた木々の影がゆらりと揺れる。

するとフロントガラスの端━━ほんの一瞬だけ、あの淡い灯りが再び点いた。

霧の向こう、木々の隙間にぼんやりと浮かぶ橙色の光。

しかし今度は動かない。

まるでこちらを見つめるように、静かに灯っていた。

Kさんはアクセルを踏み込んだ。

タイヤが砂利を跳ね上げ、車は霧の中を抜けるように走り出した。

バックミラーにはもう灯りは見えなかった。

町に下り、コンビニの明かりが見えた時、ようやく息をついたという。

 

後日、その話を地元の人にしたところ、昔、夜の山道で提灯の明かりを見かけると、狐が人を迷わせる前触れだといわれていたそうだ。

光を追うと、二度と戻れなくなる━━と。

Kさんは「もし、あの時車を降りてもう一歩進んでいたら」と今でも思うことがあるらしい。

あの灯りはただの自然現象だったのか。

それとも霧の中で人を導く何かだったのか━━。