Tさんが大学生だった頃の話。
彼女は大学近くの、築年数の古いアパートに住んでいた。
二階の角部屋で、ベランダは隣の棟と向かい合う形になっていたが、特に人通りが多いわけでもない静かな場所だった。
ある日の夕方。
Tさんはアルバイトから帰宅し、部屋の鍵を開けた。
部屋は照明をつけていないため薄暗い。
Tさんは疲れていたので、すぐにソファに座って一息ついた。
その時、違和感があった。
部屋の隅、ベランダ側の窓の前に誰かの気配が立っている気がした。
誰もいないはずなのに、確かにそこに「何か」がいる。
Tさんは目を凝らした。
窓の外の光を背負い、その「何か」の輪郭はぼやけている。
まるで薄い布を被せたような、不明瞭な人影に見えた。
恐怖を感じたTさんは、すぐに電気のスイッチを探して押した。
パッと部屋が明るくなる。
しかし、人影は消えていなかった。
窓の前に、相変わらず黒い影のようなものがぼんやりと立っている。
ただ、電気がついたことで、それが人ではないことがはっきりと分かった。
それは立体感がなく、窓に貼り付いた薄い影絵のようだった。
Tさんはぞっとした。
なぜ、こんなものが?
その影は動かない。
ただ、Tさんの部屋の窓に、外側からぴったりと張り付いているように見えた。
Tさんはその影を見た後、すぐに友人に連絡を取り、その晩は友人の家に泊めてもらった。
翌朝、明るくなってから自分の部屋に戻る。
恐る恐る窓を確認すると、影は消えていた。
Tさんはホッとしたが、同時に昨日の恐怖を思い出し、窓ガラスを念入りにチェックした。
何かが貼り付いていた跡は見当たらない。
自分が疲労で何かを見間違えたのだろうと、無理に納得しようとした。
しかしその夜、再び部屋に戻り、電気を消してベッドに入った時、影はまた出現した。
前の晩と同じ、窓の外の光を背負った不明瞭な人型の黒い影。
Tさんはその日から、夜は必ず電気をつけっぱなしで眠るようにしたという。
結局その後どうなったのかをTさんに聞いたところ、影は動きもしないのでその内慣れてしまい、気がついたら現れなくなったそうだ。